第９８話　ｒｅｂｏｒｎ：２０２４年４月

（T商事が、新しい出発をする）

2024年4月。東京。T商事オフィス。ネット会議。
「それでは、これから、新生したT商事の創立を祝いたいと思います」
新社長が、宣言した。
ここで、新生のT商事の元の半分の適正社員数で、創立式が出来るのか整理してみよう。この答えの一例を以下に示すが、その前に、読者は、組織改革後のT商事の姿を想像してほしい。どのような姿を描けるかは、読者が年功型雇用による認知バイアスの試金石になる。ここで、2、3分先を読むのは、いったん止めて、本を閉じて、頭にどんなイメージが浮かぶかを確認して欲しい。
（ここは、休憩時間です）
頭を整理しよう。第1は、新組織のイメージである。ゼロリセット計画ではなく、一旦、年功型雇用の会社を倒産させて、その後に、ジョブ型雇用の会社を設立して、社員を雇いなおす方法では、雇用の切れ目が生じる。仮に、雇用の切れ目を6か月として、その状態を、Ｔ商事の新組織ができた姿とイメージする。
第2は、ゼロリセット後の採用の女性優先枠で、ここでは、適用しない。理由は、ジョブ型移行に伴い社員数を半減させると同時に、それ以上の組み替えは困難だからである。
以上の前提で、6か月後に社員数を半分に収束させる手順を考える。6か月間の社員の行動は次の3つである。
●　6か月を待たずに辞職する。
●　6か月間暫定採用のうち雇用される。
●　6か月間暫定採用ののち雇用されない。
暫定採用というのは、インターンで、T商事の場合には、最低限の生活費が支給される。「雇用」は、成果に基づいて、給与額が決定されるか、給与額の決定交渉の成立である。３か月を過ぎれば成果の評価ができ、４か月目以降は給与額の交渉ができる。交渉時に、十分に評価されない給与額なら、６か月を待たずに辞職するだろう。労働市場があれば、別の企業に再就職するが、この時点では、まだ、労働市場がないフライング問題があり、可能な選択は、再教育プログラムになる。こう考えると、6か月暫定採用のままで解雇されるという選択は、例外になろう。
こう考えると、社長と人事担当の一部は、インターンにはできない。社長は、ヘッドハントして、人事担当の一部は、タスクフォースの一部が残って、フォローアップするのが自然だろう。
管理職は、新組織でも管理職になれるのだろうか。実は、こうした質問自体に、年功型雇用の認知バイアスがある。T商事が、ジョブ型雇用に切り替わった場合、社員一人一人が、自分の能力を最大限に発揮して、最大の給与が期待出来るジョブをインターンを通じて自分で探す。ポストの数は、全体で、前の半分、管理職では、4分の1になる。ポストと給与は独立し、給与を増やすために、管理職ポストを狙う合理性はない。
年功型雇用では、転勤族のように主体的に仕事を選べない。社員は、自分では何も考えずに、上から流れてくる仕事をこなす。これは、人権侵害なのだが、年功型雇用で10年も働くと一種の奴隷状態になって、自分では判断できなくなる。ポストの双六が、振り出しに戻る転職と中途退職は、給与面で不利で、考えられないからだ。しかし、大量生産時代には、資産だった洗脳された指示待ち社員は、IT時代には、自発的にスキルアップできないので取り残された粗大ゴミだ。ゼロリセット計画の最大の課題のひとつは、この洗脳を解くことにある。
肩たたきとか、強制的解雇という発想は、年功型雇用に洗脳されている。ジョブ型雇用では、労働者も個人事業者の発想になって、条件の悪い企業から、より条件の良い企業に渡り歩く。企業を辞めたら、良い雇用先が見つからない心配は、ジョブ型雇用が少なく、労働市場がないためである。労働市場がないので、年功型雇用の企業は、社員が、解雇されて失業状態に陥らないように、社内失業で抱えていく。これが、逆に、労働市場を作らない社会主義状態を作る。
アメリカの科学技術の発展は、移民に支えられている。第2次世界大戦によるヨーロッパからの科学者の移民が、戦後の科学技術の発展に大きく寄与した。ソ連崩壊の時にも、優秀な人材がアメリカに渡って、IT企業等で活躍している。ソ連崩壊の時期は、日本もバブルの頃だったので、労働市場があれば、ソ連からの優秀な移民は、日本にも渡ったはずである。最近、日本の若者の留学希望者が激減したのも、労働市場がなく、帰国後に、まともに就職できないためである。
さて、以上を考えて、冒頭の挨拶を訂正しよう。
「それでは、これから、新生したT商事の創立を宣言したいと思います。
6か月後には、インターンの正式雇用が確定します。創立お祝いは、その時に延期して、今回は、スタートのアナウンスに留めます」
ヘッドハンティングされた2年契約の新社長が、こう宣言した。