第96話 タスクフォース活動開始(2):2024年2月

文字数 1,995文字

「次に、本題の組織設計作業のグランドデザインを説明します。
スクリーンの左が、現在のT商事の組織、右が、これから設計する新組織です。左の下半分にジョブリスト例があります。右の下半分にも新しい組織のジョブリスト例があります。スクリーンに映っているジョブリストは、サンプルですが、T商事から全ジョブリストが、提出されています。ここまでで質問はありますか」
手が、挙がった。リンカーンは指名した。
「ちょっと待ってください。3か月で、右側のジョブリストが作れるとはとても思えません。これは、本当に、実行可能でしょうか」
「良い質問です。今回の説明会のポイントは、まさに、その点にあります。
良く行われる組織のIT化では、次のようなものでしょう。
第1は、左側のジョブリストひとつひとつに、ITツールの適用を考えて、バージョンアップしたジョブリストを右にコピーする方法です。
第2は、右に、IT化された組織の図を作って、その右の組織の下に、左側の旧組織のジョブリストを当てはめていく方法です。一種のジグソーパズルです。
この2つの方法では、気が遠くなる作業が必要で、3か月では不可能です。
困難は、新組織が、旧組織の全てのジョブリストに対応するために発生します。ジョブリストの減量化が必要なのです。
自分の行っている仕事を不要と思う人は誰もいません。ですから、現在の組織を生かしたままIT化を進めると、ジョブリストは減りません。自分の仕事は価値がないとか、自分の仕事は間違っていると確信すれば、自殺が合理的な行動になります。それでは、人類は絶滅するので、進化の過程で、誰もが、無条件に自分が一番正しいと思う遺伝子が組み込まれています。
つまり、IT化に向けた組織の自己改革は、遺伝子からは成功しません。これが、今回のタスクフォースが有効に働く、理論的な背景です」
スクリーンのスライドが切り替わった。説明が続いた。
「このスライドは、前のスライドと1点だけ違います。右の新組織のジョブリストの下に、ゴミ箱がついています。つまり、旧組織のジョブリストで、不要なものは、ここに入れます。ここまでで、質問がありますか」
後方の座席から、手が挙がった。リンカーンは指名した。
「どの程度のジョブリストを削除すればよいのでしょうか」
「質問の答えには、2つの視点があります。
第1に、ジョブリストを3割削減した場合と5割削減した場合を、考えてください。どちらのケースの方がより労働生産性が高いと思いますか」
「それは、5割になりますが」質問者が不安そうに答えた。
「そうです。削減率が、高いほど、組織改革は成功します。
第2は、スライドの表現の問題です。スマホを使えば、窓口業務の9割は不要でしょう。その改革を図に表す場合、窓口業務が、スマホ処理に置き替わったと対応明示する方法と、窓口業務をゴミ箱に入れ、新規にスマホ処理を書く方法があります。ゴミ箱に入れる方が作業は簡単なのでこれを使いましょう。ただし、削減率は大きく計算されます。他に質問はありますか」
今度は、一番前の席から、手が挙がった。リンカーンは、指名した。
「仕事が減れば、解雇が出るのでしょうか」
「その質問は、T商事を辞めてきた皆さん自身に対する質問でもありますね。現在の日本は、『労働市場がないから、解雇できない』、『解雇しないから、労働市場ができない』という卵とニワトリの関係になっています。一方、日本経済は、崩壊しつつあり、将来の早い時点で、解雇される人が増え、労働市場ができるでしょう。チームの皆さんに検討して頂く、T商事の新しい組織はジョブ型雇用です。専門性が高く、経済価値の高いジョブには、高給が支払われます。誰にでも出来る仕事の給与は低くなります。つまり、新組織では、強制的に解雇されるのではなく、自分の仕事と給与が見合わないと考える人は、自発的に辞めて次の職を探すはずです。タスクフォースには、解散後に、労働市場ができず、仕事が見つからない場合に、1年間の最低限の収入が保障されています。しかし、今回の成果が上げれば、ジョブ型雇用への移行は決定的になり、早急に、労働市場が形成されるでしょう。なお、タスクフォースメンバーに準じた労働市場ができるまでの解雇者のサポートの検討は、制度設計サブチームの課題です。
最後にまとめておきますが、タスクフォースのミッションは、現在の組織を、IT化に適応したジョブ型の労総生産性の極めて高い組織に再編することです。社員数は減りますが、平均給与は現在の2倍以上を目標にします。以上で、今回の説明を終わります」
鈴木には、これこそ、自分が、やりたくて出来なかったこと、そのものに思われた。これは、一世一代の大仕事だ。自分の生涯で、これほどやりがいのある仕事が出来るチャンスが巡ってくることはそう多くはあるまい。鈴木は、興奮を抑えられなかった。
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