第24話  ドイツの新首相の就任会見:2023年1月

文字数 1,781文字

(リリー・ベーム新首相の就任会見が行われた)


2023年1月。ドイツ。ベルリン。


ドイツの選挙結果の大勢が判定した。

ベージュのスーツを着た大柄な女性がテレビに映った。
新首相の会見が始まった。
「本日から、首相を勤めますリリー・ベームです。今回の選挙では、ジェンダー問題に対する手ごたえの大きさに力づけられました。エネルギー問題、気候変動問題、移民問題、経済対策は、既に、推進されている施策が効果を発揮しつつあります。従って、新政権でも、従来の政策を継続して、問題の解決を促進するつもりです。一方、国内外におけるジェンダー差別、国外における人権侵害には見過ごせない課題が残されています。今回の選挙で、大きな支持を頂いたのは、こうしたジェンダー差別と人権侵害の解消を進めるという公約に賛同される方が多かったためと理解しております。主要国と連携をとりながら、この人権問題の解消に邁進するつもりです」

ドイツは、長い間、有能な女性首相ヘンケルが国をひっぱってきた。その後、大物がいなくなると、誰が、首相になるか、小競り合いがあった。その後、前首相のカールシュミットが混戦を抜け出した。カールシュミットは滑り出しは不安定で、小さな失言もあったが、半年を過ぎたあたりから、支持率が安定して、上向きになった。これは、カールシュミットの政策が良かったというよりも、コロナウイルス後を目指して、過去になされた政策の効果が徐々に出てきたという側面が強かった。ヘンケル政権の末期の主な政治課題は、エネルギー問題、移民対策、コロナウイルス対策だった。
以前の大問題の移民対策は、ロボット化の進展とテレワークで解決に向かっていた。単純労働は、ロボットに置き換わった結果、移民を必要としなくなった。移民問題の中心は、ロボット化で失業した移民が同化できない場合に故郷に帰ってもらうべきか、ドイツ国内に、居場所を作るべきかという議論に移った。一方、高度な知的労働は、テレワークを使うようになって、移民を必ずしも必要としなくなった。実力と人気のあるテレワーカーは、リゾート地に住んで、個人事業主になり、複数の国や企業を相手にビジネスをしていた。そこまでの力がなくとも、母国にとどまって、移住せずにテレワークで働くことは可能であった。先進国も過去に、移民問題で、懲りた経験を生かして、途上国の学園都市整備に集中的に援助するようになっていた。いわば、インドのバンガロールのような都市が、途上国に出現しつつあった。
以前は、人手に頼ることが多かった飲食業でも、ロボットが普及した。トリプル・スター・コーヒーがボン大学と共同して開発した、ミニーというロボットは、大変な美人であった。このロボットには、男性がどの点を美人と感じるかという認知科学のノウハウが投入されていた。ある意味、人間の女性以上に美人に見えるように設計されていた。ミニーが初めて、出勤した日には、トリプル・スター・コーヒーには、男性客の行列ができたほどだ。このままいくと、映画女優は失業するとまで言われた。これは、ジェンダー問題だとも騒がれている。しかし、ロボット自体は、機械で、女性の人間ではないので、従来のジェンダー問題の考え方は当てはまらなかった。
カールシュミット前首相は、こうしたチャンスに恵まれて、順風な政権運営を進めてきたが、ある日、突然、辞任に追い込まれた。DVが発覚したのである。被害者である妻は、救急車で病院に担ぎこまれた。重症で生死の境をさまよった。カールシュミットは、もともと、気が短いと言われていた。問題行動は、過去にもあったようであるが、もみ消しが成功して、政治生命を保っていた。しかし、今回は、もみ消しは不可能だった。こうして、解散、総選挙になった。
カールシュミットのDV問題が表面化した結果、DVや女性差別発言に対する世間の風当りが強くなった。内閣が、解散した翌日に、元閣僚のうちの3名に、DVや女性差別疑惑が発生した。マスコミの追跡がすすむと、あろうことか、カールシュミット以外の閣僚も、DVが1名、明確なセクハラが2名いたことが明らかになった。その結果、カールシュミットを党首をしていた、与党は、選挙で総崩れになった。
選挙は、蓋を開けてみれば、セクハラ問題の反動か、女性議員の圧勝だった。そして、首相も女性になった。
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