第12話 社内プロジェクト提案募集:2022年7月

文字数 1,793文字

(G社で、社内プロジェクトの募集があった)

2022年7月。東京。G社オフィス。

洋子は、G社の社内連絡のWEBページにアクセスして、目を通していた。
南山洋子。年齢は27歳。
洋子は大学を卒業してすぐ、G社に入り、今年で、5年目である。今の部署に慣れて、効率よく、仕事もこなせるようになってきたが、一方では、刺激が減って、退屈にも感じていた。
G社は、IT 企業で、主な業務は、クライアント企業向けのITを使ったシステム開発だった。G社のオフィスには、決まった机はない。共用する情報は、クラウド上で管理されている。仕事は、ノートパソコンとネットワーク接続があれば、どこでも出来、社内のどこに居てもかまわない。社外でも可能である。技術的には、世界中、どこでも、仕事が出来るが、セキュリティの問題があり、居場所の一応の制限と登録が必要になっていた。もっとも、後者は、スマホの位置情報を使っているので、遠出しなければ、意識することはなかった。ミーティングも基本はWEB上であるが、それだけでは、つまらないので、時々、実際に会ってミーティングをする。「ミーティングの種類が変わると、アイデアの種類も変わる気がする」と洋子は思う。
「社内プロジェクト提案募集」という文字が目に入った。G社では、新しいビジネス・チャンスを逃さないために、社内ベンチャー・プロジェクトを募集している。募集提案は審査され、一番高い評価がつくと、5人以下のチームで、3か月の活動の自由が与えられる。3か月後に評価が入り、評価が高ければ、継続延長出来るが、悪ければ、そこで中止になる。提案が採択されれば、プロジェクト遂行のために、3か月の時間は全て自由に使ってよいことになっていた。3か月、自分の好きなことだけに集中出来るのは、魅力的だった。洋子も、何か、良いアイデアがあれば募集してみたいと思っていた。
そのとき、スマホに応答があった。緊急ニュースだった。ニュースは、ベーシックインカム法案が否決されたことを告げていた。
「これは、大変なことになる」と洋子は思った。最近は、失業者が増えていた。地下街に段ボールを敷いて生活している人を見かけるようなっていた。自治体は、以前は、こうした人には、簡易宿泊施設を紹介していたが、失業者が増えすぎて、対応が間に合わなくなり、見逃していた。失業者が増えた原因は、日本企業の労働生産性が海外の企業に競り負けたためである。実は、業績の良い企業もある。そうした企業は、IT順応したG社のお得意さんでもあった。一方、ITに順応できなかった企業には、倒産に追い込まれ、失業者の供給源になっていた。結果から見れば、「ITが失業者を増やすという側面も、否定しがたい」と洋子は思った。
ベーシックインカム法案は、この失業者問題への切り札と見られていた。予算規模は、当初案より、若干小さくなったが、それも、法案を通すための妥協と考えられていた。マスコミは、「この法案の成立は、ほぼ、間違いない」と告げていた。それが、躓いた。失業者の期待は大きかっただろう。
それから、「今までのITには、問題がなかったのだろうか」と洋子は考えた。
「今までは、窓口で、文字を書き写すだけのような仕事で、収入を得ていた人もいる。以前は、窓口で、身分証明に運転免許証を見せると、『コピーを取らせてもらっても、よいですか』といって、コピーを取って、紙の書類と一緒に保存している企業もあった。今は、G社のクライエントの企業では、紙の書類が電子化され、身分証明は、スマホのみで済むようになって、そもそも窓口に行く必要はない。ネット販売企業は、リアルな窓口は持っていない。そんなものを造れば、金がかかってつぶれてしまう。一方、まだ、旧態依然とした紙のシステムを使っている企業もある。しかし、雇用維持のためにそれを続けるのは、馬鹿げている。そんなことをしたら、労総生産性の国際競争に負けて、立ち行かなくなる。既に、それが原因で倒産した企業もある。だからといって、何もしなければ、失業した人から見れば、『IT企業は、悪者だ』と恨みをかってしまう。何か、解決策があるはずだ。失業した人にも、IT企業は自分たちの味方だと信じてもらえるビジネスをしなければ、IT企業は行き詰まってしまう。社内プロジェクトで、解決方法を提案できないだろうか」と洋子は考えた。
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