第62話  経営危機:2023年6月

文字数 1,281文字

(T商事の株主総会が紛糾した)

2023年6月。東京。T商事。株主総会。

T商事の株主総会は荒れていた。杉川が考えていた事業計画の心配だけでなく、業績が落ちてきた。T商事は、商社であって、製造業ではない。最近の日本の製造業は国際競争力が低下して、輸出が難しくなっていたが、T商事は、その影響を直接は受けない。世界中から、安くて良い輸入製品を探してくれば、日本製品の国際競争力の低下の影響を受けにくい。その結果、製造業と比べれば、まだマシな業績で持ちこたえてきた。
ところが、国内で、失業者が溢れ出すと、何を輸入しても売れなくなった。3か月で、売りあげが急減した。その間に、抱えた在庫は、不良在庫になり、投げ売りをしても、全くはけない。こうなると、輸出競争力の影響を受けない特徴が裏目に出た。つまり、T商事は、主体的に、対策を取れない。
業績の短期的な悪化は、望ましくはないが、まだ、当面の資金繰りに困ってはいない。しかし、将来見通しがいけなかった。システム改革以外の次期計画が弱いと批判された。しかも、T商事の輸出品金額の2割を占めたS機械の倒産のニュースが、株主総会の2日前に飛び込んできた。この時期では、印刷資料の訂正は間に合わない。パワーポイントの資料だけは、訂正したが、それが、かえって、S機械の影響をもろに受けている印象を強めてしまった。
「株主総会を受けて、退職による自然減だけのお題目の合理化計画を強化せざるを得なくなった。7月までに合理化計画に着手して、10月までに、業績が改善していくという予兆が見えないと厳しい。
業績が改善しない理由を、経済状況などの外因で説明するとは容易だ。しかし、それでは、業績は良くならない。学者先生は、外因をあげて、あたかも自分は科学の専門家で本質を理解しているように述べる。しかし、分析の対象になった過去のT商事の実績には価値はない。問題を解決するのは、科学でなくアートだ。ないものを作り出さねばならない。つまり、ダマスカスのような新しいサービスを作り出さねばならない。本当に競争力のあるアートが出来る社員は全体の1割以下だ。それも、現状ではなく、磨きをかけた場合だ。これは、作曲家などのクリエータの中で実際に食べていける人の割合と変わらない。一方、T商事では、社員の4割くらいは社内失業だった。社内失業者は管理職にもいる。年齢構成は逆ピラミッドになっている。その結果、賃金の半分は失業手当に等しかった。つまり、経営上理想的な早期退職者数は、社員の4割である。この部分をカットして、それで、浮いた経費で、アートの出来る社員を新規に厚遇して雇用する。これができれば、経営は改善する。これは、ダマスカスのサービスを提供している企業が採っている方法である。しかし、この方法は、ジョブ型雇用でないとできない。つまり、T商事には、競争に勝てる方法がない。
とはいえ、一人でも、社内失業を減らせば、業績が良くなるから、これを進めるしかない。その先は、来年の社員の新規採用までに、人事部に、人事制度を再検討してもらおう」
杉川はこう考えた。
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