1-19 我が家の伝説

文字数 530文字

我が家には伝説がある。祖父が酒に酔うとよく話してくれた。

それは明治の頃、車はほとんど走っておらず、人や大八車が往来を行き来していた頃。その時の家も本所区だったので東銀座からは4kmくらいか。

祖父が2、3歳の頃の話である。
家の前で遊んでいたところを、1台の人力車が通りかかり、すっと止まった。

人力車に乗っていたのは、歌舞伎役者である市川海老蔵である。
人力車から降りてきた海老蔵が、祖父の顔を優しい眼で眺めていた。

「坊ちゃんの家はここだね?」

幼い祖父は、「うん、そうだよ。」と言う。

それを聞いて頷いたかと思ったら、海老蔵は家の引き戸を開けて中に入ってゆく。

「おう。ごめんな。あの前で遊んでいる子供は、こちらのお子さんで?」

すると続けて、「あの子を俺にくれないか?」
と言い出した。

それを聞いた曽祖父がこう言い放つ。

「あの子は、痩せても枯れてもうちの大事な跡取り息子。河原乞食になんぞにやることはできねぇ!」

と。(当時は河原崎座と言った)

格好良くタンカを切るのはいいが、なんとも失礼な物言いだ。

あの時に曽祖父がこんなことを言わなければ、俺は今頃きっと芸能界で團十郎だっただろうに。

ああ、惜しいことをした。。
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登場人物紹介

時は昭和の始め。

貧乏ではあるが東京の下町で活き活きと生きている少年がいた。

名前はのぼると言う。

のぼるが駆け抜けた昭和という時代とはどんなものだったのだろうか。 

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