1-14 芽生え(その1)

文字数 861文字

小松川の家、当時の長屋に風呂はなかった。長屋の裏に大野先生と言う学校の先生が住んでいた。こちらは二軒長屋をぶち抜いた家で、一軒分が書斎、その奥がお風呂場になっていた。祖母と気の合った奥様だったので、先生一家が入った後にお風呂をいただいていた。

「お風呂が空いたから、どうぞ」と声を掛けてくれる。

家は3人でよく貰い湯をした。しかし私は玄関から入るのが苦手で好きでなかった。先生にはほとんど会わないが、会うと全然違うのぼるになってしまうからである。

入るときは妙にしおらしくなり、
「こんばんは。スミマセン」

帰りは帰りでいい子のように、
「有難うございました、良いお風呂でした。お休みなさい」である。

奥様はよく駄菓子でない菓子を紙に包んでくれたりした。受け取った後に玄関の敷居には良くけつまずいたものである。

先生の家から外に出て夜空を見上げて深呼吸をして、ようやく、いつもののぼるに戻れたのだった。

大野先生のお風呂も毎日ではない。入りたい時は友だちのいる銭湯に祖父と出掛けた。日の出湯・鶴の湯によく行った。

これは今でもあるが小松川高校の前にある最勝寺の門前の仁王か焔魔の像が怖くて、その前を通るのが嫌なので、その先の薬湯にはついて行かなかった。前記の足の怪我の時は治療と思い、さすがに目をつぶってその前を通った。

そうこうしている内に、祖父との風呂にもついて行かなくなった。
おチンチンの周りに黒いのものが出始めたのだ。

「馬鹿野郎。色気がついてきたか。それよりしっかり勉強しろや」

祖父は良く笑いながら言うようになったからだ。よく見ているとそれは日に日に長くなっていった。

あの頃の高等小学校入学前後の出来事である。考えてみると、算盤塾帰りの女の子をそっと追いかけたこともある。彼女が黒塀のある大きな家に入るのを見てから帰ったのもこの頃である。

菓子問屋のおばさん、せんべ工場のお姉さん、女の人がみんなキレイに見えた時期。特に大野先生の奥様の着物姿は今でも眼に浮かんでくるのである。
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登場人物紹介

時は昭和の始め。

貧乏ではあるが東京の下町で活き活きと生きている少年がいた。

名前はのぼると言う。

のぼるが駆け抜けた昭和という時代とはどんなものだったのだろうか。 

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