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文字数 1,171文字

 早坂晟はそうですね。と言い、納得とも不服ともとれない顔をした。これはどういう顔なんだろう。早坂晟はそのままの顔で、日捺子に尋ねた。

「里中さんは会議に出ないんですか?」
「出ないです。営業会議だし」
「前は出てたんですよね?どうしてやめちゃったんですか?」
「なにを?」
「営業です。前は営業もしてたって聞いたから」
「向いてないと思ったから、ですけど」

 早坂晟が今度は分かりやすく納得できないという顔をした。日捺子は言葉を付け足した。

「早く帰りたかったの。営業だと遅くなりがちでしょう」
「そうなんですね。なんか、もったいないですね」

 早坂晟に浮かぶ笑顔。早坂君って里中さんに懐いてますよね。大型犬みたい。以前、花が言っていた。そうかな。そんなことないと思うけど。みんなにああいう感じじゃない?日捺子の応えに、私とはちょっと違うと花は不満そうだった。気のせいだよ。そう日捺子は返した。仮に懐かれていたとしても、そもそも私は早坂晟みたいな人を好まない。人当たりのよい、裏表のない、そのままって感じの人。そういう人は落ち着かない。今まで私のそばにいた男たちと真逆の人。そわそわする。今だってそうだ。早坂晟と向き合うと、私はどうにも落ちつかない。むずむずするようで、座りが悪い。好きじゃない、こういうの。早坂晟が、私の言葉を待って、見ている。確かに待てを言われている犬みたいな目してる。でも、私は猫の方が好きなのだ。

「もういいでしょう?仕事に戻ったら?」

 日捺子は顔を引き締める。ぬるい空気を追い払うかのような堅い声で、早坂晟を追い払った。




 ただいま。誰もいない部屋に返事はない。それでも日捺子はいつもただいまとおかえりを言う。それが日課だから。日捺子は気にせず大きな声で、誰かがいるときと同じように挨拶をする。それから真っ暗な廊下を手探りで進んでいき、リビングの明かりのスイッチを押した。時計を見ると夜7時半。定時で帰る予定がだいぶ遅くなってしまった。日捺子は鞄だけ下ろして、着替えることなくキッチンへ行った。シンクで手を洗ってから、冷蔵庫を開ける。作り置き用のタッパーを開けて、春キャベツとツナの和え物を口に運んだ。しんなり、もそもそした食感。少し食べたらもう満足だった。お風呂、入ろう。日捺子はひとりごちて、グラスのまま冷やしておいたお茶でごくりと飲み下した。



 風呂から上がると8時50分を過ぎていた。9時まであと少し。日捺子は髪を乾かすことは諦めて、スマホ片手にテレビの前に座った。スマホはテーブルの上に置いて、テレビをつけた。別に見たいものもないけれど、音がある方が落ちくし。ぼうっとテレビを眺めながら濡れた髪をタオルで拭く。いつもの時間。夜9時。テレビ番組がCMから人気の恋愛ドラマに切り替わったとき、ぶるぶるとローテーブルの上のスマホが震えた。
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