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文字数 1,361文字

 最近の日捺子は、夜の公園によくひとりでいた。あの締め出された日以来、涼也が日捺子を部屋から追い出すようになったからだ。きっかけはいつも些細なことだった。ううん、違う。涼也くんにとっては些細ではなくて、でも、わたしには、その些細ではない些細なことがいつも分からなくて、気付けなくて、やらかしてしまう。
 くしゅっと小さなくしゃみが出た。
 日捺子は終わりかけの桜のなかでも一番多く花が残っている木を選んで、その下のベンチに体操座りをした。持ってきた薄いストールを体に巻き付けて、膝の上に顎を乗せる。

 今日も、誰もいない。
 踊っていた男は、あの夜以来見たことがない。

 日捺子が家から追い出されたとき、必ずと言っていいほど朝まで過ごす場所にこの公園を選んでいるのは、あの男にまた会えるかもという期待からだった。会ったからって、なんだってわけじゃないけど。ただ、日捺子は知りたかった。あの日感じた気持ちがなんだったのか。彼は、自分の望むものなのかどうかを。でも、期待とはうらはらに夜の公園にはあの男どころか人がいることすらなかった。いつも、ひとりだった。日捺子はほとんど諦めていた。だって、わたしの期待(願い)が簡単にかなうほど、世の中は都合よくできてないもの。日捺子は、現実を確認するように目の前に立つ時計塔(無機物)を見た。夜の10時。朝まではまだまだ時間がある。おひさまが昇って新しい一日が始まらないと、家には入れてもらえない。あと7時間ある。晴れた日でよかった。風のない日でよかった。空には少しだけど星がある。月はまんまる。桜もまだ、咲いている。

 うん。悪くない。
 ちょっと、寒いだけ。

 日捺子は縮こまって、散っていく花びらを見た。はらはらと落ちていく花びらを、小さな声で数えた。いちまい、にまい、さんまい。今日は猫、いない。こないだは二匹もいたのに。わたしは、ひとりだ。けど、寂しくはない。かわいそうでも、ない。

 だって、いちばんかわいそうなのは、涼也くんだから。
 わたしから離れたいのに、離れらない。
 ほんとうに、かわいそう。
 でも、ママとの約束は絶対だから仕方ないね。

 そういえば、ママは最近どうしてるんだろう。もうずっと会ってない。わたしはまだママの望むいい子にはなれてないから、会えない。でもそれでいい。わたしがきめたことだから。ああ、眠たくなってきた。すこし、寒い。だいじょうぶ。わたしは、だいじょうぶ。日捺子は、目を閉じた。




「おーい。おねえさぁーん。おーい」

 見知らぬ男が日捺子を呼んでいた。日捺子は目を閉じたまま、その声を聴いていた。目を開けるのがおっくうだった。このまま、朝を待ちたかった。でもその声の主はしつこかった。

「おーい。おねえさぁーん。おーい」

 日捺子は少しだけ、期待をした。もしかしたらこの間の男の人かも。ゆっくりと目をあける。同い年くらいの男がしゃがんで下から日捺子の顔を覗き込んでいた。けれどそれは、日捺子が期待した相手ではなかった。

「あ、生きてた」

 男はくしゃっと笑って、電子タバコの煙を吐いた。

「ここ。俺の席なのね」

 そう言って、日捺子の座っているベンチを指さした。おじゃましまーす。軽い口調で言うと日捺子の隣に、どさりを座る。日捺子の寝起きでぼうっとした頭と体に、男が同じベンチに座る振動が強く響いた。
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