7-8

文字数 1,347文字

「へぇ。そういうおうちで育ったんだね」
 
 そういうおうち。ナルの言葉に日捺子の心が粟立つ。それは良い意味なのか、悪い意味なのか。

「べつに深い意味なんてないよ」

 日捺子の心を読んだかのように、ナルが言う。日捺子ちゃんはいちいち気にしすぎ、勘ぐりすぎ、考えすぎ、とも。

「じゃ、そろそろとらちゃん呼ぼうか」
「虎汰くん、どこにいるの?」
「しらない。とりあえず追い出した」

 主役なのに追い出したんだ。それも何時間も。ナルが虎汰に電話をかける。すると10分ほどで虎汰は帰ってきた。
 虎汰は部屋に入るなり目を丸くして「すげー。ありがとう」と喜んだ。でしょ、僕がんばったんだから、と隣でナルが胸を張っている。なんでナルくんがこんなにどやってるんだろ。文句ばっかりだったくせに。日捺子は呆れながらも、虎汰くんが嬉しそうだから細かいことはいいか、と思い直し、おめでとうと微笑んだ。






「ハッピーバースデー」

 ナルが声を上げてシャンパンの栓を抜くのと同時に、日捺子はクラッカーの紐をみっつまとめて引いた。そう、みっつも。虎汰がありがとうと言う横で、日捺子まだどきどきしていた。みっつもいっぺんに、なんて。手がじんじんする。そもそも、クラッカーを触ること自体、いつぶりなんだろう。幼稚園生? 小学生? 中学生のころは……どうだっただろう。

「日捺子ちゃん、はい」

 呼ばれ、日捺子ははっとした。虎汰がシャンパングラスを手渡そうとしている。持ったままだったクラッカーの残骸をゴミ箱に入れてから、日捺子はグラスを受け取った。耳の奥がまだなんだか、きーんとしてる気がした。

「じゃ、改めまして。とらちゃんお誕生日おめでとう」
 
 虎汰とナルがグラスを合わせる。日捺子も遠慮がちに虎汰とグラスを合わせた。かちり、と小さく音が鳴る。ナルが今日のために持ってきたシャンパングラスはとても薄い。少しでも力加減を間違えたら割れてしまいそうで、こわい。なのに、ふたりは気にする様子もなく乾杯をし、まるでマグカップみたいな雑な扱いでテーブルに置いた。

 日捺子ちゃんは、いちいち気にしすぎ。

 そうなのかも、知れない。日捺子は、日捺子にしては思い切ってシャンパングラスをテーブルに置いてみる。こんっ。それは、もちろん割れることなくテーブルの上に鎮座していて、グラスの中では繊細な泡がくるくると、踊るように回っていた。

「お酒、大丈夫?」
 
 虎汰が日捺子に聞いた。

「うん。だいじょうぶ」

 たぶん。日捺子は心のなかで付け加える。だいじょうぶかどうか分かるほど、日捺子はアルコールを嗜んだことがない。けれど、そんな日捺子でもナルが持ってきたシャンパンは美味しく飲むことができていた。口当たりが優しく、甘い。ジュースみたい。日捺子はくいくい飲む。

「とらちゃん、これも」

 ケーキにナルが買ってきた2と3のロウソクを立てて、火をつけた。ナルと日捺子でバースデーソングを歌う。
 はっぴばーずでーとぅーゆー。
 はっぴばーずでーとぅーゆー。
 虎汰がありがとうと、吹き消す。何度目か分からないおめでとうを日捺子とナルは口々に言った。ケーキは切り分けず、そのままフォークでつっついた。手掴みでピザを頬張り、手に付いたソースを舐め取った。なんてお行儀がわるい。でも、すごく楽しい。
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