7-7

文字数 1,324文字

「これ、使ってないやつだから」
「ありがとう」

 吹き込み口に白いストローを差し込み、頬をまるくしてふうううと思いっきり息を吹き込む。日捺子がやりはじめると、ナルも残っているアルファベットに手をつけた。日捺子の息でAが、すこしずつ、すこしずつ、膨らんでいく。50センチ四方くらいの大きさのそれがぱんぱんになるころには、日捺子は頭がくらくらしていた。

「なんでこんなに大きいのにしたの?」
「こういうのは大きい方がいいでしょ」
「そうなの?」
「さあ。どうだろ」

 会話が途切れる。日捺子はAひとつで疲れてしまって、残りの風船はナルに任せることにした。立ち上がり、メッキモールを拾い上げ、首にかける。モールの端が首筋に刺さってちくちくする。

「なんでこんなことしようと思ったの?」
「こんなことって?」
「誕生日会」

 カーテンレールにぶら下がっているのを外して、下向きのアーチ状になるように、飾り直していく。カーテンレールにはピンク色のを、HAPPY BIRTHDAYになる予定の上のスペースは金色と銀色のを二重にすることにした。

「別に意味なんてないけど。楽しいでしょ。こういうの」
「それだけ?」
「それだけだけど?」
 
 壁の上の方に貼っていくには身長が足りない。日捺子は部屋の隅に立てかけてある折りたたみ椅子を持ってきてその上に乗った。白いマスキングテープで、モールを貼っていく。

「日捺子ちゃんは考えすぎ。僕は日捺子ちゃんが思ってるほど考えてないよ。なんにも」
 
 どこまでほんとうのことを言っているんだろ。疑いながらも、それ以上の追求はしなかった。どうせナルくんはわたしがどんなに聞いたところで、てきとうにはぐらかすだけだ。

「そう」

 日捺子は椅子から下りて、飾り付けを遠くから見てみる。右がやや上がってる気がした。でも、まあ、いいや。ナルがひとつだけ作った花飾りでごまかして、膨らませ終わったアルファベットを両面テープで貼っていく。そこからはナルと二人がかりで、中に花びらが入った風船とか、ピンクと白のハートの風船とか――日捺子はここで気付く、ナルくんは風船ばっかり買ってきてる――を膨らませては、空いてるスペースに貼って、ナルくんがだりいって言って、壁が足りなくなったらベッドの上に並べて、ナルくんが僕こういうこと向いてないだよねって言って、ゴミをまとめて、としているうちに時間はすぎ、準備が終わるころにちょうどよくピンポンとインターホンがなった。
 
「あ、僕僕」

 ナルが立ち上がって玄関に向かう。こういうときでもナルは早足になったりしない。いつもどおりだるそうに歩いていく。日捺子は背を向け、ごみを袋に集めていく。ありがとうございました。男の人の声とドアが閉まる音がした。戻ってきたナルはピザ屋の箱を抱えていた。

「ごめん。日捺子ちゃん。玄関に置いてあるのちょっと持ってきて」

 言われ、日捺子は玄関に行った。そこには飲み物とサイドメニューが入った袋が置かれていた。

「ピザ。はじめて」
「ピザが?」
「あ、ううん。こういうのが」
「デリバリーがってことね」
 
 日捺子はうん、と頷いた。ママは料理をあまりしなかったけど、冷食や総菜を使うことはあっても出前という手段はとらなかった。
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