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文字数 1,388文字

「あの、ケーキを予約した里中です」
「はい。確認しますので少々お待ちください」

 店員がバックヤードに下がり、日捺子はショーケースのケーキに目を落とした。ガラスケースの上段にはホールケーキが、中段と下段にはプティガトーと、あとプリンとシュークリームがあった。プティガトーはどれも宝石みたいだった。ルージュ、タルトシトロン、ショコラバナーヌ、フレール、トロワショコラ、モンブラン。お客様。声をかけられ、日捺子はモンブランに後ろ髪を引かれながらも、目を上げた。

「こちらでよろしいでしょうか?」

 店員はケーキの入っている紙箱の上を開け、日捺子に確認を求めた。そこには日捺子が予約したとおり、チョコレートケーキが入っていた。ショートケーキではなくチョコレートケーキなのは、ナルの希望だった。なんで俺の誕生日なのに、麦が食べたいのなの。虎汰は文句を言っていたけど、本心からいやそうではなかった。

「はい。だいじょうぶです」
「プレートはどうなさいますか?」

 お願いします。日捺子は言い、渡された紙に“こたくん おたんじょうびおめでとう”と書いた。それからまた少しだけ待ち、プレートの確認をして、会計を終え、ケーキを受け取った。
 ありがとうございました。店員の鈴のような声に送られながら店を出る。
 会社の鞄は肩にかけてケーキの入った袋を両手で持った。崩さないように。慎重に。とても美しいケーキだったから。チョコクリームが塗られた上に、削られたチョコが花のようにいっぱい乗せられていて、その上に金箔がまぶされていた。電車のなかでも大事に、大事に、持った。帰宅ラッシュの満員電車につぶされないように。



 虎汰の家につくと主役は不在で、ナルだけがいた。床に散らばるパーティー飾りの真ん中に胡坐をかいて、ティッシュに輪ゴムをかけて花を作っている。
 虎汰の部屋には誕生日会らしく飾り付けが施されていた。飾り付けと言っても、それは驚くほど中途半端で、おそらくHAPPY BIRTHDAYなのだろう金色の風船はHとYとIとDだけが適当な距離感で壁に貼られていて、残りのアルファベット風船は、膨らまされることなくナルのまわりに散らばり、金と、銀と、ピンクの飾り付けモールは、それぞれ一本ずつがカーテンレールに引っかけられ、だらしなくぶら下げられているだけだった。

「へんなの」

 日捺子には飾り付けというより、散らかしているだけに見えた。ケーキを冷蔵庫にしまいながら、日捺子は呟く。

「日捺子ちゃんも手伝ってよ。僕、こういうの向いてないみたい」

 ナルは悪びれなく言って、出来上がったティッシュの花を放り投げた。

「ケーキ、いくらだった?」

 ナルが財布を出そうとする。いいよ。これくらい。日捺子は、それを断る。じゃあ、お言葉に甘えて。ナルは財布をパンツの後ろポケットに差し込み、100均でいろいろ買ってきたんだよね、とビニール袋からパーティーグッズを出していく。クラッカー、HappyBirthdayの眼鏡、2と3のロウソク、まだまだ出そうとするナルを日捺子は止めた。

「とりあえず、今やってるのちゃんとしよ」

 日捺子はパーティー飾りをかき分けて、ナルから少し離れた場所に自分の座る場所を作った。手の届くところにあった風船を取り上げる。Aの風船だった。膨らませようと吹き込み口を探していると、ナルがストローを日捺子に手渡した。
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