5-12

文字数 1,289文字

「日捺子ちゃんがこのマンションに入っていくの何度か見かけたから、もしかしたらその知り合いって日捺子ちゃんなのかなって。で、ここで待ってみた」

 待ってたの今日がはじめてじゃないんだよ。ナルはちいさく笑ってみせる。日捺子はそう、と合図地を打ちながら、やっぱり、疑問に思う。なんで、わたしを待ってたの? なんのために? でもナルはそれを日捺子に聞かせなかった。日捺子が聞くより早く、ナルが口を開いたからだ。

「日捺子ちゃんってさ、とらちゃんのこと好きじゃないよね?」

 ずいぶんとつまらない質問だと、日捺子は呆れる。好き、にもいろいろあるでしょう。種類。かたち。大きさ。深さ。ナルくんがどの好きのことを言っているのかをはっきりさせないなら、たくさんある好きのどれかに、わたしの虎汰くんに対する感情は入るんじゃないかな。だから日捺子は言おうとする。

 そんなことないよ、好きだよ。

 けれど、 日捺子の口が“そ”のかたちになったところで、ナルが付け加えた。

「もちろん恋愛感情的な、意味で」

 それを(あら)わにされてしまったら、用意した台詞は飲み込むしかない。日捺子は嘘を嫌っていた。だからナルが納得しそうな言葉を日捺子は考えようとして――やめた。思い直したから。別に、必要なくない? ナルくんに対して取り繕うことなんて。

「好きじゃない、としたらどうするの?」

 日捺子は堂々としていた。まっすぐナルを見て、(たず)ねる。ナルは間髪入れずに答えた。

「どうもしない」

 ナルは念を押すように、繰り返す。

「どうもしない。どうもしないし、なにも言わない。あ、とらちゃんに告げ口したりもしない」
「そんなこと、思ってないよ」

 ああ、そう。ナルが笑う。

「暴力、のことも」

 ナルは暴力のところをあやふやな口調でごまかした。その言葉を日捺子が嫌うことを気取(けど)った、ナルなりの優しさなのだろう。

「そのことも、僕はこれ以上、詮索したりもしない。離れた方がいいとか、逃げた方がいいとか、常識的なことを言うつもりもない」

 日捺子はテーブルの上で倒れたままになっているマグカップを手に取って、ただしく置いた。

「じゃあ、ナルくんは、どうして知ろうとするの?」
「興味があるんだ」
「興味?」
「そう。興味」

 それなら、日捺子は受け入れられると、思った。同情とか、使命感とか、親切心とか、そういった善に寄った感情じゃないなら、いい。

「なんていうかさ、日捺子ちゃんってちゃんと気持ち悪いよね」

 ちゃんと、をナルは強調した。ナルはへらへら笑いながら話している。そんなナルも日捺子から見れば、ちゃんと気持ち悪い。

「自分の世界のなかで生きてる感じ。それだけあればいいみたいな。それでいて感情的なとこ。自分に酔ってるとこ。とらちゃんを利用しようとしてるとこ。全部。そういう女ってどこに行き着くんだろうね」

 ナルから笑顔が消えて真顔になる。

「だからさ、日捺子ちゃんがこれからしようとしていることを見学させてよ。見せてよ。できるだけ、近くで」

 ああ、ずいぶんと(いびつ)だ。おかしなひとだ。でも、こういう奇妙でざらりとした男を、日捺子はどうしたって嫌いにはなれないのだ。 
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