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文字数 1,420文字

 

、という特別感。
 あれは、毒だ。
 まわると、しびれ、麻痺する。心が。わたしだけ。わたしたちだけ。毒にずぶずぶのわたしはもうとっくに痛みを感じなくなってる。侵されていくほど、まともな部分を失っていく。空っぽ。わたしはもう、この玉ねぎみたいに、剥いて、剥いて、剥き切ったら、狂気くらいしか残らないんじゃないかな。

「日捺子ちゃんごめんね。なに手伝ったらいい?」

 ナルとの会話を打ち切った虎汰が、日捺子の手元を覗き込んだ。

「あ、じゃあお米、お願いしていい?」

 炊飯器を指さしながら、ナルくんはもういいの? 日捺子は聞いた。

「あんなのほっとけばいい。構うとずっとだから」

 虎汰は突き放すように、言った。ふたりはいつもこうだ。ナルが虎汰に絡んで、絡み過ぎて、嫌気がさした虎汰にナルに冷たくあしらわれて、終わる。

「そうなんだ」

 なにかが焦げる匂いがして、日捺子はちらりと目をやる。ナルが日捺子たちに背を向け、電子タバコを吸っていた。申し訳程度にベランダの窓を開けて。

「いいの?ここ、禁煙じゃなかった?」
「いいよ、もう。構うとうるさいし」

 虎汰はがしがしと、強い力で米を研ぐ。日捺子は、そんなに強くやったらお米割れちゃうよと、優しく止めた。

「麦は拗らせてんの」
「拗らせてるって? 」
「上手く言えないけど。なんか、いろいろ」

 虎汰が水道の蛇口をひねる。日捺子からすれば虎汰だって十分に拗らせている。

「気になる? 麦のこと」

 米を洗う虎汰の横顔に不安の影が見えて、日捺子はそれ以上聞くのをやめた。

「気になるというか、虎汰くんのお友達だから」
「別に……友達じゃない」

 虎汰はナルに辛辣だ。でも、そんなことを言えるのは、友達だからでしょう? 日捺子は思っても、口にはしない。





 カレーをよそった花蝶扇のディナープレートは、以前ナルが持ってきたものだ。アイボリーとペールブルーとライトグレー。どうして別々の色なの? 聞けば、同じじゃつまらないでしょ。と、ナルが笑った。お皿につまらないとか、ないと思うけど。
 ディナープレートはどれがだれの、とは決めなかった。その日の気分次第でいいじゃん。そう虎汰が言ったから。毎回それぞれが選ぶ。もちろん気分で。今日は虎汰がアイボリーを、ナルがペールブルーを選んだ。日捺子は残ったライトグレー。いつも残りものの日捺子は、自分で選んだことがまだ一度もない。

「これコーヒーと練乳、入れた?」

 ひと口食べるなり、ナルが日捺子に聞いた。そのくせして、ううん。入れてない。という日捺子の返事にかぶせて声を上げ、笑う。どうやらバラエティ番組の芸人のリアクションが面白かったらしい。まあ、いいや。日捺子は気にせず、カレーを口に運び、ぼうっとテレビを見る。わたしにはこういうのの面白さがいまいち分かんないな。大きなリアクションも、大げさな笑い声も、わざとらしくて嘘くさくて、なんだか気恥ずかしくなってきて、困る。虎汰と目が合う。なんとなくおなじことを思っている感じがした。お互いに苦笑し、虎汰が口を開く。

「カレー美味しいね」
「うん」
「日捺子ちゃんは、なにカレーが一番好き?」
「なにカレー?」
「ほら、チキンとかビーフとか……あとチーズのってんのとか……グリーンカレーとか、スープカレーとかもあるよね」

 正直、どれでもよかった。というより、どうでもよかった。日捺子はにっこり笑って、虎汰にそのまま投げ返す。

「虎汰くんは? どんなカレーが好きなの?」
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