7-9

文字数 1,396文字

 日捺子は笑っていた。虎汰も、ナルも笑っていた。なにをしても、なにを話しても可笑しくて、楽しかった。からだもあたまのなかもふわふわした。
 それからまたしばらく時間がたって、ちょうど三本目のシャンパンが空になったとき

「なんかさ。花火、したくね?」

 とうとつにナルが言った。
 いいね。いいね。虎汰が同意する。売ってるかな? コンビニにありそうじゃね? 三人で玄関に向かう。虎汰がピンクのバケツを持った。いっせいに出ようとして玄関でおしくらまんじゅうみたいになって、馬鹿みたいに声を上げて笑った。
 大きい声は近所迷惑になるから。虎汰が口元に人差し指を当てる。それすらなんだか可笑しくて笑うのをこらえるために口を抑えながらマンションの廊下を通り、外に出て、アスファルトの上に立った。

 日㮈子は空を見上げた。
 深い群青色の空に月はなかった。
 雲に隠れているのだろうか。
 さっきまでのはしゃぎっぷりが嘘みたいに、
 頭のすみがしんと静かになった。
 

 日捺子は自分のいる場所を思い出し、前を歩く虎汰とナルの後ろについた。

 ふたりはなにかを言っては、笑い、肩を叩き、背を叩き、笑い、足蹴りをし、よろけ、また笑い、そして前に進んでいた。虎汰くんとナルくんはこうやって過ごしてきたんだろうな。ふたりの関係がいつからなのか、日㮈子は知らない。でも過去のふたりはやすやすと想像できる。健やかで、青く、眩い。それは日捺子にはないものだった。羨ましいと思うことすらできないくらい、遠いもの。目がくらむくらいのはなやぎ。
 虎汰が振り向く。少し離れて歩く日捺子に気付いて立ち止まる。ふいに、日㮈子の手を握った。避けられなかった。

「日捺子ちゃんも、こっち」

 虎汰の手は(ぬる)く、湿っていた。ぐいと引かれ、虎汰とナルの間に日捺子がおさまった。

「日捺子ちゃんはちいちゃいね」

 ナルが笑って日捺子の頭を軽く手を乗せる。日捺子がその手を振り払う前に、

「やめろよ、麦。俺の日捺子ちゃんにさわんなよ」

 虎汰がナルの手を叩いた。日捺子は思う。わたしはいつからあなたのものになったの? けれどそれを言葉にすることなく、かわりに困り笑顔を作ってみせる。

「ばかだね。とらちゃんは」

 ナルが言う。あ、コンビニ。日捺子は指さした。三人でぞろぞろと中に入っていく。花火は入り口すぐのところに置いてあった。数種類あるファミリーパックのなかから、一番小さいのをナルは選んだ。それから水を三つと蝋燭を手に取った。何か他に欲しいのある? 聞かれ、日捺子と虎汰は首を振った。日捺子の手は虎汰に握られたままだった。公園に着くまでずっと、その手が離されることはなかった。





 言い出しっぺのくせに、ナルは花火にすぐに飽きた。虎汰にちょっかいをかけては、軽くあしらわれ、日㮈子と虎汰が花火をする横で、煙草を吸い始めた。

「ねぇ、とらちゃん、あれ踊ってよ」
「あれってなんだよ」
「高校んときのあれ。日㮈子ちゃんも見たいよね。とらちゃんが踊ってんの」

 日㮈子の花火が消える。虎汰が次の花火を手渡しながら、日㮈子に尋ねた。

「見たい?」
「見たい」
  
 日捺子は即答した。そういえば、あの日虎汰くんを見たのも、この公園だった。今となってはどうでもいいことだけど、気になっては、いた。
 あの夜、桜の下で踊っていたのは本当に虎汰くんだったかのかなって。
 虎汰が火の消えた花火を、バケツに放り込む。
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