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文字数 1,214文字

「こんばんは」 

 私服の早坂晟が、そこに居た。日捺子は首をひねる。なんでここに早坂晟が居るんだろう。日捺子の住んでいる街は休みの日に出かけるような繁華街からは離れていた。

「……こんばんは」

 日捺子は疑問を抱きつつも挨拶だけを返し、なんでここにいるのとは聞かなかった。

「あまり前に出たら危ないですよ」
「ああ、うん。ありがとう」

 日捺子は早坂晟から、信号へと視線を戻す。会話は、終わり。それを態度で示したつもりだった。早坂晟からさりげなく距離をとる。車道の信号が黄色になって、矢印が青く光った。

「里中さん、今急いでますか?」

 身長差と車の音が邪魔をして早坂晟の声が聞こえづらい。

「え?」

 だからそういうことにしようと思った。聞こえてない。分からない。青信号になったら、じゃあ、またとでも言って、去ってしまえばいい。
 早坂晟が少し、日捺子に寄る。身を屈ませて、さっきよりもゆっくりはっきりと言う。

「だから、忙しいですか?」
「忙しい……ように見えますか?」

 言い切れず、余計な疑問を挟んでしまった。

「見えないですね」

 ははっと、軽く早坂晟が笑う。

「飯、一緒にどうですか?」

 青になる。日捺子が歩き出すと当然のように横に早坂晟が並んだ。捕まってしまった、と感じた。

「相談したいことがあるんです」

 相談なんて冗談じゃない。休みの日に早坂晟のために時間を遣うのは、なんか違う。そこまで親しいわけじゃない。そういうのは会社で休み時間にでも、と口を開きかけたとき

「彼氏に悪いとか、そういうこと考えてます?」

 早坂晟が言った。からかうような口調が癇に障った。

「いいえ。そんなことは考えてないです」

 今、日捺子の心のうちに彼の存在は、なかった。

「じゃあ、一緒に飯。いいですね?」 

 なにが、じゃあなんだろう。じゃあまた明日、を言いたかったのは私のほうだったのに。日捺子は心の中でため息をつく。




 日捺子と早坂晟はすぐ近くにあったファミレスに入った。場所を選んだのは日捺子だった。たまたま会った早坂晟と食事をするためにお店を選ぶのが面倒くさかったから、そこに決めた。それに日捺子はファミレスが好きだった。親子連れ、ひとりで勉強してる人、制服姿の学生、スーツ姿の会社員、男女の組み合わせ、友人の団体―――様々な種類の人が各々に好きな時間を過ごしている。日捺子から見てちょうどいい塩梅の幸せ。それを感じられるのが、よかった。
 日捺子は席に着いて早々に正面に座る早坂晟にメニューを渡した。

「ありがとうございます」

 渡されたメニューを開きつつ早坂晟がちらちらと日捺子を見る。その視線が気になって尋ねた。

「どうしました?」
「いえ、里中さんってファミレス似合わないなって」
「ファミレスに似合うも似合わないもないでしょう」
「ありますよ。里中さんは小さいオードブルとかがいっぱい出てくる店で白ワイン飲んでるイメージです」

 どういうイメージなんだろ。日捺子はいぶかしがる。
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