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文字数 1,320文字

「俺、会社入る前……大学の頃そういう店でバイトしてたんですよ」
「そういう店って?」
「オードブルとか白ワインとか出す……バル?みたいなとこです」

 日捺子は聞いておきながら、へぇと気のない合図地を打った。適当に、流すように。テーブルの端から注文票を取り出してオーダーを書きこんでいく。早坂晟がその手元を見てドリンクバーは2にしてくださいと言った。

「それで、その店に里中さんみたいな女の人よくいたなって」

 私みたいな人。その部分に日捺子はほんのちょっと、興味が湧いた。

「それってどんなひと?」

 自分の注文を書き終えてペンと紙を早坂晟に手渡す。早坂晟は受け取りながら

「なんか、つまんなそうな人です」
 
 と笑って言う。

 つまんなそう―――つまんなそうってどういう意味なんだろう。つまんなそうにしてる人っていう意味なのか、つまんなそうな性格の人って意味なのか。早坂晟は私をどっちの意味で

女の人だと思っているんだろう。

 早坂晟がペンを雑にペン立てに放って呼び出しボタンを押す。すぐに店員が注文票を取りに来た。胸元の名札が目に入る。グエン。ベトナムの人だろうか。外国人店員の聞き取りづらいオーダー確認に早坂晟が、はい、はい、と丁寧に受け答えをしている。

 私は確かにつまんない人なのかも知れない。少なくとも目の前のグエンさんよりは。海外で働くなんてすごいことだと思う。私にはできない。私はずっと同じ場所から動けずにいる。私に足りないのは、なんなんだろう。日捺子はグエンを見る。目が合ってグエンがにこっと笑顔になる。日捺子は笑顔ともいえないあいまいな表情を返し、グエンは厨房へと戻っていった。



 ドリンクバーに行く早坂晟の、ついでに取ってきますよ、の言葉に甘えて日捺子はウーロン茶を頼んだ。氷、少なめでお願い。返事の代わりに早坂晟が軽く手を挙げる。

 戻ってきた早坂晟の手にはウーロン茶とメロンソーダがあった。ずいぶん可愛いものを飲むんだな、と日捺子は思ったけれど、口には出さなかった。

「ウーロン茶好きなんですか?」
「好きでも嫌いでもないです」
「ここよく来るんですか?」
「そうでもないです」

 日捺子はウーロン茶を一口飲んだ。
 一問一答。日捺子は思う。なんだか面接みたい。そんな心の内を読んだかのように早坂晟が言った。

「面接みたいですね。もっと会話しませんか?」 
「してるでしょう」

 早坂晟がストローでメロンソーダを飲む。綺麗な緑色が早坂晟の中に吸い込まれていく。

「里中さんから聞いてもいいんですよ」
「なにを?」
「この近くに住んでるの?とか、今日なにしてたの?とか、なんであそこにいたの?とか、いろいろあるでしょう」

 どれも日捺子の今聞きたいことではなかった。だから聞くことを考えているような顔をして、まだたくさん残っているウーロン茶をちびちびと口に運んだ。黙る日捺子に耐えかねたのか、結局、早坂晟が口を開いた。

「里中さんは、このあたりに住んでるんですか?」
「そうですね」
「このあたり家賃高いですよね。いいとこ住んでるんですね」

 早坂晟の口調になんとなくとげを感じた。でも、日捺子はそんなことは感じていないような顔をして、物件によるんじゃないかな、と返した。
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