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文字数 1,232文字

「野菜を食べておけば大丈夫って思えるから」
「大丈夫ってなにがですか?」
「わかんないけど、健康的ななにか」

 日捺子は、いただきます、と手を合わせる。早坂晟もつられるように手を合わせた。彼はハンバーグが入ったタッパーを手に取って、そのなかのひとつを日捺子のサラダの中に放り込んだ。それから日捺子の膝の上に塩むすびをひとつ置く。

「米と、肉?」
「そうです。それがあれば大丈夫です」

 早坂晟がハンバーグを口に運ぶ。うま、と小声をもらした。あ、これ、チーズ入りだ、あ、これ卵入ってる。食べながら早坂晟が言う。その言い方はどれも子供じみていた。ラザニアにも手を付ける。瞬間、また、うまっ。日捺子は少しだけ、笑った。

「ありがとう」

 聞こえているのか、いないのか、早坂晟は何も言わなかった。ただ黙々と食べていた。日捺子も隣でもしゃもしゃとサラダを咀嚼し、おにぎりをかじり、ハンバーグを飲み込んだ。

「ハート型……」

 早坂晟が呟く。日捺子は少し顔をしかめる。

「それが、なにか?」
「いえ、なにもないですよ」

 含み笑いをしながら早坂晟がハートのまあるくなった部分にかぶりつく。日捺子は食べる手を止めて、早坂晟を見た。どんどんなくなっていく。早坂くんのなかに収まっていく。私が作ったいらないもの。

「残念っすね」
「なにが?」
「彼氏さん……こんなおいしいの食べられなかったなんて、残念っすね」

 日捺子は純粋に驚き、声をあげた。

「なんで、知ってるの? 私、言った?」
「いや、分かるでしょ。自分のために作ったものじゃないんだろうなってことくらい」

 彼氏のため、っていうのは勘ですけど。早坂晟は付け加え、続ける。

「どう思ったんですか?」
「どうって?」
「これ食べてもらえないって分かったとき」
「……べつに、なんだろう。困ったなって、思った」

 ふうん。そうですか。早坂晟の声は平たんだった。日捺子の答えをどう感じているのか、分からない声音。

「今日ね、誕生日なんです」

 日捺子はなにげなく、言った。流されてもいいくらいの軽い気持ちで。けれど、早坂晟は聞いた。

「里中さんのですか?」
「いえ。彼の」
「なら、よかった」

 よかった? 日捺子は首を傾げる。早坂晟はごちそうさまと言って、タッパーを置いた。あれだけあったのに、タッパーはどれもきれいに空っぽだった。

「ありがとう」 

 それに、日捺子はなんだか、すくわれた。すくわれた?そう思うということは、私にすくいを求める気持ちがあったということなのだろうか。

「せっかくだから、二人で楽しいことしませんか?」

 突然の提案に日捺子は言葉なく、早坂晟を見る。立ち上がり日捺子に手を差し出す早坂晟の向こう側に、はちみつみたいな色の月があった。それはまるで笑っているみたいに、やさしい弧を描いていた。  

  



 公園の端にはバスケットコートがあった。3on3ができるくらいの大きさの、ゴールが一つだけのバスケットコート。

「ここ、入っていいの?」
「鍵かかってないし、問題ないでしょ」
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