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文字数 1,292文字

 わざとらしく不満げな顔をするナルと日捺子の目が合った。ナルが顔を歪める。変顔ってやつだった。可笑しさがこみ上げてきてこらえきれず日捺子は笑った。そして、なんとなくあった緊張感とか警戒心とか、そういうものが抜けていることに気が付いた。それが、ナルの変顔のせいなのか、ナル自身の持つ雰囲気のせいなのかは分からないけど。日捺子の表情がゆるんだのを見て、ナルも頬をゆるめた。

「名前、聞いていい?」
「日捺子、です」
「日捺子ちゃんね。じゃあ日捺子ちゃん。よかったら僕の時間つぶしにつきあってくれない?」
「時間つぶしって、どこで?」

 日捺子は、身構えた。

「だいじょうぶ、だいじょうぶ、ここだから。この場所でってこと、いい?」

 日捺子はそれならいいと、こくんと頷いた。

「あ、お礼は先払いで。これね」

 目の前に差し出されたのは缶コーヒーだった。ブラック微糖。日捺子が受け取ろうとすると、ナルは、あ、ちょっと待って、と言って一度缶を戻し、蓋を開けたものを渡し直した。

「……ありがとう」

 両手で受けとった缶はまだあったかかった。

「いえいえ、どーも」

 香ばしいコーヒーの香りに誘われて、こくりとひとくち口に含む。微糖って書いてあるのに甘すぎるコーヒーが胃に染み入っていく。おいしかった。とても。日捺子は夢中でコーヒーを飲んだ。缶を包むように持つ手からも、体の内側からも、ぬくもりが広がっていく。

「そんなに、うまい?」

 あっという間に飲み終えた日捺子を見て、ナルが笑った。

「うん、美味しかった。ありがとう」

 ナルは、まだあるからこれも飲んでいいよと言って、もう一本、カフェオレを日捺子の横に置いた。

「で、日捺子ちゃんは、なんでここにいんの?」

 日捺子は蓋を開けようとしたカフェオレを膝の上に下ろした。ひらひらと花びらが缶の上に落ちる。なんて言ったら、いいのかな。帰れないことは言いたくない。言ったら、涼也くんが悪く思われてしまう気がする。それは、絶対にいやだった。悪いのは、わたしなのに。でも、適当な言い訳も、上手な噓も思い浮かばなかった。

「まぁ、みんな色々とあるよねぇ」

 黙りこくる日捺子を見て、ナルはそれ以上の詮索をやめた。

「ナルくんがここにいるのは、なんで?」

 今度は逆に日捺子がナルに聞いた。

「僕はかわいい女の子とお喋りしたいだけ。あとは、酔い冷まし」

 日捺子はナルの顔をじいっと見た。そして、違うんだろうな、って思った。なんとなくだけど。わたしは、馬鹿だけど、勘が悪いわけじゃない。だから、分かる。ナルくんはわたしがまだ帰れないことに気付いていて、ひとりにしないためにここに居てくれているんだろうなって。夜だから。危ないからって。たぶん。

「いいひとなんだね。ナルくんって」

 日捺子の言葉にナルはほんの少し顔をしかめて目を逸らした。ベンチの上のソフトケースから煙草一本を抜き取ると、指輪のじゃらじゃらついた指で弄ぶようにくるくる回し始める。

「人をそんなに簡単に信じるもんじゃないよ。世の中、悪いやつはいっぱいいるんだから」

 そんなことは当たり前に日捺子は知っていた。ずっと、ずっと、前から知っていた。
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