3-4

文字数 1,038文字

 だから、分かっていた。ナルがそういう悪いひとたちとは違うってことも。それでも、日捺子は尋ねた。

「ナルくんも、そうなの?わるいやつなの?」
「人なんてみんな悪いやつだよ。基本的に」

 ナルが、二本目の煙草に火を点けた。

「わたしはそんなことないと、おもうけどな」

 さっきはあんなに喋っていたのに今のナルは静かだ。無言で白い煙を桃色の花びらに向かって吐いている。

「少なくとも、わたしにはナルくんは優しいひとに見えるけどな」

 ナルは日捺子を見ない。見ないままぼそりと言った。なんで?と。日捺子は思った。理由なんてないよ。と。だからそれをそのまま言った。

「だって、そうだから」
「日捺子ちゃんは、いいこだね」

 ナルくんはなんにも分かってない。自分のことも、人のことも。

「いいこじゃないよ」

 日捺子はナルの顔を覗きこむようにして、言った。

「そっか」

 また、静かになった。でも、日捺子はこの沈黙がいやではなかった。会話はないけど、ナルと通じてる気がした。今、この瞬間だけの関係だけど、わたしにはなんとなくナルくんが分かる。涼也くんのことはあんなにも分かんないのに。

 ナルは煙草を揉み消して、吸殻を携帯灰皿にぎゅと押し込んだ。そして、深く息を吐いた。大きく開いた足の上に肘を置いて、組んだ両手の上におでこを乗せた。真剣で、どこか寂し気な横顔だった。両手で顔を覆い、肩を震わせた。泣いてる?どうしよう。どうしたらいいのかな。

「ナルくん。だいじょうぶ?」

 日捺子はナルの肩にそっと、手を置いた。すると、ナルがゆっくりと顔から手を離した。

「そう、その顔。みぃんな、簡単にひっかかる。ちょろいね」

 舌を出すナルに日捺子は眉根を寄せた。

「これでも僕をやさしいいいやつだって思う?」
「おもうよ」
「がんこだね」

 ナルが日捺子よりずっと強く眉根を寄せた。日捺子は噴き出した。笑ってしまった。カフェオレの缶がちゃぽんと残りすくない音をたてた。




それから、ナルと話をした。いろいろと。すぐ忘れてしまうようなとりとめのないことばかりを。ときおり黙って、桜を眺めて、ぼうっとして、ナルが煙草を吸って、また、どちらともなく話をして、そんなことを繰り返してると、気が付けば、空は白んでいた。

「じゃ、そろそろ僕帰るけど日捺子ちゃんは?」
「わたしも帰る」
「そっか」
「うん」

 朝焼けに照らされた桜は思っていたよりもずっと若葉でいっぱいだった。もうすっかり葉桜だ。街灯に照らされた夜の桜はもう少し、花が咲いているように見えたのに。
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