7-2

文字数 1,255文字

「カレーに入れるとうまいって聞いたから買ってみた」
「へぇ。そうなんだ」

 前はこの部屋で会うのは虎汰くんだけだったのに――虎汰くんの家だから当たり前のことなのだけれど――そこに3回に2回くらいの頻度でナルくんが加わるようになって、なぜだか三人そろったときには食事をするのが習慣になった。その結果、材料を用意するのはナル、作るのは日捺子、場所を提供する虎汰はなにもしなくていいというかたちに自然と落ち着いた。

「いつもごめんね」

 いつの間に寄ってきたのか、虎汰が日捺子の横に立っていた。虎汰の肘が日捺子の二の腕に当たる。服の上からでも伝わる生身のぬくもりに鳥肌が立つ。拒否反応。それを隠したくて、ごまかしたくて、日捺子は早口で言う。

「べつに、全然。作るだけだし。だいじょうぶ」

 なんとなくそれだけでは素っ気なく伝わる気がして、日捺子はおっとりとした口ぶりでひと言加えた。

「それに、食べてもらえるのうれしいから」

 日捺子が上目遣いで虎汰を見るとその表情が柔くくずれる。

「俺、手伝うよ」
「いいよ。いいよ。こっち暑いから、あっちで涼んでた方がよくない?」
「いい」

 虎汰が首を振る。なんだか親の手伝いをしたがる子どもみたい。日捺子はナルが客にもらったとかなんとかで、ケーキを持ってきたときの保冷剤が冷凍庫にあることを思い出した。それを取り出して、ポケットのハンカチでくるんで虎汰の首に巻いた。

「どう? 少しは涼しい? 苦しくなぁい?」

 ナルが見ている。日捺子を。虎汰を。背中に視線を痛いほどに感じる。絡めとられて動けないくらい。なのにそれを正面から受け止めているはずの虎汰はどうしてこうも自然でいられるのだろう。

「うん。ありがとう」
「どうたしまして」
「あちー。あちー。僕も暑いんですけどー」

 ナルがこれみよがしに声を上げた。ふつ、と視線が途切れる。解放された日捺子は、野菜のビニール包装をキッチンばさみで切り始めた。その中の使う分だけをザルに乗せ、残りは冷蔵庫にしまっていく。ナルは野菜をひと袋で買ってくる。必要な分だけでいいのに。いつも余る野菜がその後どうなっているのか、日捺子は知るつもりもない。

「文句言うなら帰りなよ。麦のこと呼んでないし、俺」

 (むぎ)。三人で会うようになって日捺子はナルの名前を知った。虎汰が言っていた。え、麦? こいつの名前。知っても、日捺子は変わらずナルくんと呼んでいる。それは一度、日捺子が麦くんと呼んだときナルの顔がひどく強ばったから。見逃すくらいほんの一瞬だったし、すぐにいつもの締りのない顔に戻ったけれど。それでも日菜子は察した。ナルくんは虎汰くんにしか名前を呼ぶことを許してないって。

「この扇風機買ってあげたの僕なのに」
「頼んでないし」

 ナルと虎汰の言い合いは続いていた。しようもない、どうでもいい会話。それを流し聞きしながら、野菜を洗って、皮を剥いていく。

「とらちゃんは、いつも僕にだけ冷たいね」

 僕にだけ。その言葉を発するとき、少しだけ声が色付く。そのことにナルくんは気付いてるのかな。
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