6-9

文字数 1,202文字

 日捺子は元来そういうことを好きな(たち)だった。自分でも忘れていたけれど。ただ、誰かの足を引っ張るのが嫌で、苦手意識を持つようになっただけで。

「だいぶいい感じっすね」

 どうにかシュートが様になってきて、ボールも惜しいところまでは飛ぶようになってきたとき、あと足りないのは気持ちです、と早坂晟が言った。

「どういうこと?」

 日捺子は素直に尋ねた。

「入るわけないって思ってません?どうせできないって諦めてません?」

日捺子は痛いところを突かれた、と、感じた。投げようと構えていたボールが手から滑り落ちる。

「入らないと思うから入らないんですよ」
「なら、入ると思ったら入るの?」
「入ります。知ってます? 信じる者は救われるって」

 日捺子はその言葉が嫌いだった。信じるとか、誰を? 私を? まさか神様とか? どちらも信じるに値しない。くだらない。なのに、早坂晟が言うと、それはまずまずの響きで日捺子の中に届いた。

「ほんとうにそう思ってる?」
「思ってますよ」

 変な人。日捺子は言い、ひっそりと笑う。変なのは私も一緒だ。いい大人が夜に汗まみれになって、一心不乱にボールを投げている。馬鹿みたい。でも、悪くない。 

「次の1球で最後にしましょう?」

 体力的にもそろそろやめた方がいいでしょう。無理は怪我の元です。と早坂晟は日捺子を労わる。

「入るって思って、入るのをイメージして、投げてみてください」

 日捺子の両手の上に乗せられたバスケットボール。

「大丈夫、絶対入りますから」

 早坂晟があまりにも自信満々だから、日捺子は信じるのがどうとか、些細なことを気にするのはやめにした。いつもはうまくいく未来なんて、どんなちいさなことだって想像するのが怖いけど、今日くらいは、今この瞬間くらいなら別にいいじゃない。だってこれは、遊びでしょう?

 日捺子が早坂晟をちらりと見る。目が合った。早坂晟が頷く。

 日捺子はすぅーっと息を吸い込んで、目を閉じた。ボールが入るイメージ。早坂くんが見せてくれたお手本みたいな、ゴールに吸い込まれていくような、あの感じ。ふぅーっと息を吐いて体の力を抜く。左手は添えるだけ。腕の力じゃなくて、体を使って、ゴールをちゃんと見て、投げる。ボールが手を離れた。夜の空をオレンジ色のボールが今日いちばんきれいな放物線を描いて飛んでいく。ボールはゴールリングの真ん中をするり通って、ぽすんっ……と、ネットだけを静かに揺らした。

「……入った!入ったよ、早坂くん!すごい!入った!はじめて入った!」

 日捺子は早坂晟に駆け寄って飛び跳ねた。

「ほら、やればできるじゃないですか」

 早坂晟は冗談めかして言い、大きく両手を前に出した。日捺子はそこに力いっぱいハイタッチをした。

「すっごい上から」

 日捺子は笑っていた。明日顔が痛くなるんじゃないか、というくらい満面の笑顔で。とにかく嬉しかった。嬉しくて、嬉しくて、吐きそうだった。
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