7-11

文字数 1,257文字

 たぶん虎汰くんはわたしというものをものすごくいいように解釈してる。

「わたし、なにもしてないよ」 
「それでも、そうだとしても、日捺子ちゃんのおかげなんだ」

 虎汰くんは、まっすぐだ。一直線で、嘘がなくて――腹立たしい。理不尽な怒り。それはだれに対してのものなのだろう。

「わたし、そんないいものじゃない」

 日捺子のちいさな反発は虎汰に柔く飲み込まれてしまう。

「人ってさ、いいものとか、わるいものとか、そういう風に簡単に分けられるものじゃないでしょ。もっとこうモザイクというか、グラデーションというか、境目があいまいなものじゃん。それに、もし、日捺子ちゃんがわるいものだとしても、俺はそれでもいいから……」

「はい。おわりおわり。そういうのは二人っきりのときにどうぞ」
 
 突如としてナルが虎汰を遮った。
 日捺子は正直、ほっとしていた。ナルが止めてくれたことに。その先に続くものを、日捺子は聞くのが恐ろしかった。胸を撫で下ろす日捺子の横でナルが残りの花火を手に取る。線香花火が6本。ひとり2本ずつね。虎汰に、日捺子に、それぞれ手渡していく。

「じゃあ、最後まで残った人の願いが叶うってことで」

 三人で円になって真ん中にロウソクを置く。ナルのせーの、の合図で一斉に火を点けた。じじっ。花火が鳴く。

「そういえば麦は? 麦の願いとか目標は?」
「僕はね、今の仕事辞めて会社作ることです」
「そんなこと考えてたの?」
「そ。金もだいぶ溜まったし、そろころ頃合いかなって思ってる」
「麦って意外とちゃんとしてるよね……日捺子ちゃんは?」

 虎汰が、問う。日捺子は虎汰を見ず、ちりちりと火花を散らす花火だけを眺めた。わたしの願いは、いつだってひとつだ。でも、それをここで口にはできない。

「なんだろ。むずかし。すぐには……浮かばない」

 線香花火が燃え尽きる。最後の火玉がぽとりと落ちて、消えた。





 虎汰の部屋に帰ると、夜の11時を過ぎていた。わたし、そろそろ帰るね。日捺子は部屋に入り、鞄を取ってすぐにまた玄関に戻った。

「送ってくよ。夜遅いし」

 虎汰くんは余計なことを言う。大丈夫だから、歩いてすぐだから、と拒絶にはとられない程度にやんわりと断ってみる。

「じゃあ、僕たばこないからコンビニまでとらちゃんついてきてよ」

 ナルの言葉で、結局、また三人で部屋を出ることになった。歩き始めてすぐ、虎汰がまた日捺子の手を握った。嫌がることも、離すこともできなくて、日捺子はその手を繋がれたままにした。静かだ。誰も言葉を発さない。さっきは公園に行くときも帰ってくるときも、あんなにたくさん話していたのに。いまはなぜだか三人そろって口をつぐんでいた。日捺子は空を見上げた。

「あ、月」

 日捺子はなにげなしに口に出した。さっきまで雲に隠れていた月が顔を出していた。それはとても美しい満月だった。日捺子は、言う。

「ちいちゃいころ、月でうさぎが餅つきしてるって話あったよね」
「うん。あったね」と虎汰が、頷く。
「僕は、反対側のうさぎは何をしてんだろって思った」とナルが言った。
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