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文字数 1,262文字

「俺はふつうのやつにチーズのせたの」
「ふつう、の」

 日捺子は鼻白む。ふつう、なんてあいまいなで無粋なくくりを、ずいぶんと簡単に使っちゃうんだ。虎汰くんはこっち側だと思ってたのに。多数の知らない人たちが作った枠組みを好まない、そういう側。

「そ。こういう日捺子ちゃんが作ってくれたみたいなの」

 言葉を繰り返しただけの日捺子のふつうを、虎汰は理解と解したようだった。

「言ってくれたらチーズ買いに行ったのに」 
「次のお楽しみにとっとく。そんときはチーズと、あとゆで玉子もあったら嬉しい」
「うん。今度そうしよ」

 虎汰くんとの会話は楽ちんだ。とても。うわべだけをさらさら流れていく。きっと今話していることを、明日のわたしは何一つ覚えてないだろう。そんな日捺子と虎汰の会話を、ナルがあっさりと断ち切った。

「そういや、とらちゃんもうすぐ誕生日だね」
「ああ、え、うん。そうだっけ?」
「自分の誕生日なのに“そうだっけ?”は、ないっしょ」

 虎汰の視線がナルから日捺子へと動く。それに気付いた日捺子はあらためて虎汰に聞いてみた。

「そうなの? 虎汰くんお誕生日なの?」
「……そう」

 虎汰はこくり、と頷く。

「言ってくれたらよかったのに」

 うそばっかり。虎汰くんと話していると、心にもいない言葉がすらすら出てくるから不思議だ。涼也くんとは、絶対にそんな風にはできないのに。

「誕生日会しよっか。三人で」

 ナルが言う。

「いいよ。別に。そんなの」
「なんで?しようよ」

 日捺子はナルの案に乗ってみる。知ってしまったのに、なにもしないのは良くないと感じたから。それに、ほんとうは虎汰くんだって祝ってほしいって思ってる。その証拠に、いいの?と言う、虎汰の頬がゆるんでいる。

「うん。しよう。でも、お祝いってなにするの?」

 日捺子はナルに聞いた。

「ケーキ食べて、酒飲んで、おめでとうでいいんじゃね」

 ナルのプランはざっくりしていた。それを指摘すると、じゃあ日捺子ちゃんのプランを聞かせてよ、と問われる。日捺子は困った。だって、家族以外のお誕生日祝いなんてやったことがない。

「ケーキとか、おめでとうとか、そういう感じ」
「なんそれ? 僕よりふっわふわじゃね」

 ナルがげらげら笑う。虎汰はうるせぇと、呟いたあと、日捺子に向かって言った。

「俺は、一緒にケーキ食べれたらそれでいいかな」
「わかった。わたしケーキ買ってくるね」
「じゃあ僕は酒。シャンパン持ってくるわ」
「麦は夜、仕事でしょ。無理してこなくていいから」
「冷たっ。発案者僕なのに、冷たっ」

 虎汰とナルのいつものいざこざが始まる。日捺子は黙って残りのカレーに手を付けた。いつの間に食べ終えたのか、ふたりの皿はとっくにきれいになっていた。日捺子は目をテレビに向ける。でも、耳はふたりの会話を拾ってしまう。文句を言いながらも、言われながらも、ふたりとも楽しそうに話し続けている。日捺子はこうなったふたりの会話には入らないし、入れない。ふつうのカレーを淡々と飲み込む。胸の奥がきゅっとなる。疎外感。そんなもの、ここでも感じるんだ。
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