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文字数 1,214文字

 日捺子は涼也が食事をする様子をよくよく、見る。今日は里芋と烏賊の煮物を作った。涼也が丁寧な箸使いで里芋を口に運ぶ。つるり、と箸から滑り落ちることなんてない。涼也くんの箸使いはいつだって正確だ。そうママに躾けられたから。涼也に比べると日捺子は箸使いが下手だ。つるり、つるり、と里芋が逃げる。諦めて烏賊を取った。わたしにママは箸の使い方を教えてはくれなかった。日捺子にはそういうのは必要ないでしょ、と。でも日捺子は涼也みたいになりたくて練習した。正しい箸使いができるようになった日捺子を見て、ママは余計なことを、と言った。涼也だけが上手になったねって褒めてくれた。

「ママは、元気?」

 日捺子は尋ねた。

「気になるなら会いにいけばいいのに」

 さらりと涼也が返す。でも、箸は止め、日捺子を見ている。日捺子は試されている、と感じた。

「別に、いい」
「いいの?」
「うん、いい。涼也くんが会いにいくほうがいいと思うし」

 それは、そうなのだ。わたしより涼也くんが会いに行く方がママは喜ぶ。もっと言えば、ママはわたしには会いたくないと思っている、はず。それを涼也くんは知らない。

「ごちそうさまでした。日捺子はゆっくり食べてていいからね」
「うん。ありがとう」 

 箸を下ろして言葉を返す。涼也はそんな日捺子を見てにこりとした。リビングへと歩いていく涼也を見届けてから日捺子は箸を伸ばす。慎重に、里芋を挟む。里芋は滑り落ちることなく、日捺子の口におさまった。



 ごちそうさまでした。立ち上がりテーブルのうえの空の食器を重ねていく。涼也の皿も食べ残しなくきれいになっていた。水を張ったシンクの荒い桶に食器を沈める。蛇口をひねると手首に痛みが走った。しばらく右手首と右肩に気をつけなきゃ。日捺子は紫色になった手首をさすった。昨晩、涼也が日捺子の手首を引っ張ったとき、たまたま力が強すぎて、たまたま肩を家具の角にぶつけてしまった。
 そう、たまたま。
 ただの事故。
 わたしがしっかりしてないから起きただけの。
 食器を洗い終え、水に濡れないように捲り上げていた袖を手の甲の真ん中まで伸ばす。醜い手首が見えないように。痛いと思っていることに、気づかれないように。そういうものは、涼也くんをつらくさせてしまうから。



 今日の涼也はとても穏やかだ。日捺子は薄い緑色の涼也くんのマグカップと、自分のピンクのマグカップを用意して、ココアパウダー多めのホットココアを入れた。カップを二つ持って、ソファで本を読む涼也の横に座る。

「涼也くん、はい」
「ん、ありがとう」

 テレビからはストリーミング再生された音楽が流れている。日捺子が耳にしたことのない曲だった。誰の? と聞いたら、涼也は知らないと答えた。今日のおすすめとかいう曲らしい。

「お話してもだいじょうぶ?」
「いいよ。ちょうどきりがいいとこだから」

 涼也は読んでいた本を閉じて、日捺子とは反対側の隣に置いた。

「おいしいね。ココア」
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