第37話 死霊術師は協力者の変貌を喜ぶ

文字数 2,151文字

 村での診療中、私は迷宮化を感知した。
 森から漂う瘴気が桁違いのものになっている。
 直前と比べて明らかに雰囲気が変わった。
 見過ごせる変化ではない。

 開拓村でも一部の冒険者が異変を感じ取っているようだった。
 ただ、それが迷宮化が原因だと気付いた者はいないようだ。
 そもそも人工迷宮であることすら知れ渡っていないのだから当然だろう。

 冒険者たちは念のために村の警備を固めていた。
 迷宮が暴走する可能性を考慮しているのだろう。
 通常、迷宮から魔物は出てこないが、暴走の際はその法則も通じない。
 氾濫した河のように魔物が近隣に押し寄せてくる。

 もっとも、今回に関してはその心配もない。
 迷宮内に出現する魔物は、テテが支配できるからだ。
 ルシアの眷属で押し留めることもできるだろう。
 最終手段として、私が強制的に縛り付けることも可能である。
 この村に危険が及ぶことは万に一つもない。

 それは私が最も注意している部分だった。
 村の発展のために築いた迷宮が村を害するなど本末転倒にもほどがある。

 その日の夜、ようやく仕事を終えた私はすぐに迷宮へ赴いた。
 最下層のアンデッドに肉体を切り替える。

「おかえりなさい。ちょっと聞いてほしいことがあるの」

 私の訪問を察したテテが駆け寄ってきた。
 その相貌に変化が生じていた。

 テテの肌が陶器のように白くなっている。
 まるで死人のようだ。
 茶色だった髪には部分的に銀色が混ざっている。

 右目の虹彩も紫色に変わっていた。
 他のアンデッドの視界と繋げられる目だ。

 変化は外面だけには留まらない。
 テテの内包する瘴気が凄まじい量になっていた。
 魔力も昨日までと比べると数百倍まで膨れ上がっている。

「…………」

 私は無言で目を凝らす。
 テテの輪郭がぶれて、一瞬だけ骸骨の姿を幻視した。
 確信を得た私は彼女に告げる。

「種族が変化しているね」

「そうなの! びっくりしちゃった!」

 テテは両手を掲げて大袈裟な反応をする。
 どことなく嬉しそうだ。

 指摘した通り、テテは人間を捨てていた。
 彼女はアンデッドの王であるリッチに変貌していた。
 本来は優れた魔術師が死霊魔術の儀式で至る存在だが、テテの場合は迷宮化が影響したのだろう。
 私は何も細工をしていない。
 無関係とは言い難いものの、少なくとも意図的な結果ではない。
 これは完全なる自然現象であった。

 私は顎を撫でつつテテを観察する。

 まさかリッチになるとは少し予想外だった。
 彼女に魔術的な才能はなく、ごくありふれた体質の人間だ。
 変異するとしても中位程度のアンデッドだと考えていた。
 ルシアと同じく吸血鬼か、知性を持つ特殊なゾンビやグール辺りが妥当なラインだろう。
 現在のテテの状態は、そういった予測を見事に飛び越えてきた。

 死と瘴気の蔓延する迷宮の最下層で魔物の指揮を執り、片目を経由してアンデッドと繋がり続けたのが要因かもしれない。
 何はともあれ、嬉しい誤算には違いなかった。

「迷宮化の後、いきなり体調が悪くなったの。それで仕方ないから寝てたんだけど、起きたらこうなってて……迷宮って不思議な場所ね」

 テテは世間話のように語る。

 おそらく体調不良の段階で彼女は死亡したのだろう。
 そこからアンデッド化したものと思われる。

 テテは自身の変化を特に気にしていない様子だった。
 精神や人格に歪みは見られない。
 むしろ上機嫌そのもので、アンデッドになれたことに感謝している。

 特に私が処置すべきことはないようだ。
 アンデッド化をきっかけに邪悪な人格に目覚める者もいる。
 テテがそういったパターンではないかという懸念はあったのだ。

 彼女は家族に強い憎しみを抱いていた。
 邪悪の素質は確実に秘めている。
 もっとも、実際は大丈夫だった。
 彼女の憎悪は、家族だけに向けられたものだったらしい。

「呼吸も心臓も止まったから、一時はどうなるかと焦ったんだ。元気そうでよかった」

 通路からルシアが苦笑気味に顔を出した。
 彼女がテテの看病をしていたらしい。
 心なしか気疲れているようだ。

 そんなルシアも迷宮化の影響を受けていた。
 種族は吸血鬼のままだが、明らかに強くなっている。
 外見に大きな変化はないものの、瘴気と魔力量だけで判断すると上位アンデッドにも比肩するほどだった。

 肉体性能では下手な魔族にも負けない。
 時代と土地に恵まれれば、一城の主にもなれる。
 それほどの魔物に至っていた。

「ふむ」

 私はテテとルシアをそれぞれ一瞥する。

 正直、二人は予想外の成長を見せていた。
 何らかの役に立てば御の字といった考えだったが、まさか短期間で主力級のアンデッドに豹変するとは。
 やはり人間は可能性に満ちている。
 とうの昔に怪物となった私には縁の無いものだった。

 とにかく、無事に迷宮化が完了した。
 さっそく内部の視察へ行かねばならない。
 どうなっているかを確認したい。

 私はテテとルシアにその旨を告げて、迷宮中層へと移動した。
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