第38話 死霊術師は迷宮を視察する

文字数 2,311文字

 迷宮中層に移動した私は、さっそく散策を開始した。
 すぐに気付いたのは、通路に蔓延する瘴気だ。
 あまりにも濃い。
 血の臭いも相まって凄まじい様相を演出していた。
 生身の人間が何の対策もせずに留まれば、確実に心身の調子を崩すだろう。

 これだけ瘴気が濃いと、死んだばかりの冒険者は勝手にアンデッド化して蘇るに違いない。
 もっとも、そういった流れで生まれるのは理性を持たないゾンビくらいだろうが。
 死霊魔術を使わないアンデッド化など、大抵はそういうものだ。
 テテが生前のままリッチになれたのは数少ない例外である。

 時折、通路の壁や天井に露出した鉱石が散見された。
 見覚えのない武具や魔道具も落ちている。
 いずれも迷宮化の産物で、自動的に産出されるようになったのだ。
 これらは貴重な資源である。
 何かと迷宮が重宝される要因だった。

 前方をアンデッドが徘徊している。
 汚れた衣服にふらついた足取り。
 腐乱した人間――ゾンビだ。
 下級のアンデッドで、何の能力もない場合は取るに足らない存在である。

 ただし、各種術式を仕込みやすいので私は気に入っている。
 改良すれば数十体でも人間の街を蹂躙可能だった。
 そういった面を加味すると、使い手の力量と個性が如実に表れる魔物と言えよう。

 私は淡々とゾンビのそばを通り過ぎる。
 ゾンビは私のことを見向きもしない。
 虚しく呻き声を上げて去ってしまった。

 私は自らの魂に術式を施している。
 その術式の効果により、別の死霊術師が命令でもしない限り、理性なきアンデッドが私を襲うことはない。
 もっとも、命令されたアンデッドが押し寄せたところで、死霊魔術を上書きして支配権を乗っ取るだけだ。
 何ら問題なかった。

 支配権といえば、かつて私の殺害を目論んだ勢力が、死霊術師を集結させて挑んできたことがあった。
 死霊術師には死霊術師を、という算段だったのだろう。
 その勢力は、当時でさえ忌避されていた死霊術師を堂々と使ってきた。
 よほど私の存在が疎ましかったらしい。

 用意された三十万のアンデッドの軍勢に対して私が行ったのは、支配権の上書きだけだった。
 結果、死霊術師たちは自らの用意した軍勢に食い殺され、企画に携わった勢力も同様に壊滅してしまった。
 持続的に効果を発揮する死霊魔術だからこそ、乗っ取りには十分に注意せねばならない。

 以来、死霊術師と会う機会はほとんど無かった。
 今ではほとんど見かけないが、どこかで暗躍しているのだろうか。
 扱いに習熟すれば有用な魔術だ。
 使い手がいなくなったとは考えにくい。

 技術の存続に興味はないものの、テテには死霊魔術を伝授すべきかもしれない。
 彼女は晴れてリッチとなった。
 リッチは死霊魔術の適性が非常に高い。
 魔力量も文句なしだ。
 人間の術者では到底不可能な大規模魔術も行使可能である。

 迷宮は自動的に魔物を生み出すが、テテが自前で戦力を揃えられた方がいい。
 修練次第では強力なアンデッドも容易に生成できる。
 万が一、死骸騎士を突破してきた冒険者がいても、迎撃できるようにしておけるのは大きい。
 せっかくリッチとなったのだ。
 その優れた特性を利用しない手はないだろう。
 一定の速度で歩きながら、私は伝授すべき死霊魔術の候補を脳内で挙げる。

 それにしてもここは広い。
 明らかに迷宮化前より拡大していた。
 構造も変わっているようだ。

 さすがに徒歩で散策するには時間がかかりすぎる。
 そう判断した私は、肉体を次々と切り替えることで高速移動を始めた。

 一階層ごとの広さが途方もなく、通路も複雑だ。
 もしかすると森の真下がまとめて迷宮の領域となったのかもしれない。
 だとすればとんでもない規模だ。

 さすがにテテに管理を一任するのは厳しい。
 当分は私も手伝わなければならない。
 大規模な迷宮はそれだけ発展を促すのだから嬉しい悲鳴であった。

 加えて迷宮内の魔物も多く、すべてアンデッドだ。
 各地に出没する彼らは、遭遇した冒険者と戦っていた。
 種族の内訳としては、人間が大半だった。
 そこにゴブリンや土狼、朱殻蟻などが混ざる。
 私が死霊魔術で生み出した個体よりも全体的に弱めだった。

 これは仕方ない。
 冒険者が死んで瘴気が堆積していけば、中層や下層はさらに強力なアンデッドが生まれるはずだ。
 仮に生まれなかったとしても、私が自前で用意するだけなので問題ではなかった。
 迷宮が無尽蔵に魔物を輩出するようになったので材料にも困らない。

 私は迷宮を彷徨いながら別の考え事をする。

 現状、開拓村に大きなトラブルは起きていない。
 皆が協力し合って発展していた。
 毎日のように冒険者がやってきており、経済面においても非常に好調だ。

 私が裏で手を出す必要性は薄い。
 今のところは継続的な監視だけに留めておく予定であった。
 もし問題人物がいたところで、それが冒険者なら迷宮で始末すればいいだけだ。
 余計な隠蔽工作もいらないので手間が省ける。

 むしろ医者の業務が最も忙しかった。
 しかし、それも欠かせない役割だ。

 私は村をよりよくしたい。
 医者となって怪我人の治療を行うことも大切な仕事である。
 最近は冒険者の治療の方が多いものの、文句は言えない。

 迷宮攻略を目指す彼らの意見をそれとなく聞いて、実際に迷宮へと反映させていくつもりだ。
 無事に迷宮化が起きたが、本番はむしろこれからだった。
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