第19話 死霊術師は冒険者を追い返す

文字数 2,985文字

 私は他のアンデッドに紛れて走り、冒険者たちに接近する。
 棍棒と掲げ、ナイフを軽く引いた。

 塗り込んでいるのは麻痺毒だ。
 傷口から入り込めば体の動きを阻害する。
 さらに激痛も伴う便利な毒だ。
 こちらも死に至るようなものではないが、確実な妨害となる。

 私は後衛の冒険者を見回して、素手の男を狙うことに決めた。
 唯一、武器を持っていないためである。
 しかも軽装だ。
 身軽さを駆使して格闘攻撃を叩き込むタイプなのだろう。
 鎧を着た他の面々よりは毒を与えやすそうだった。

 私はタイミングを見計らって跳びかかった。
 素手の男が、ぎろりとこちらを睨む。

「オラァッ!」

 刹那、男の片腕が霞む。
 同時に顔面を粉砕される感覚がした。
 脳までもが潰されたようだ。

 そして浮遊感。
 殴り飛ばされたと認識したときには、頭部がほとんど破壊され尽くしていた。
 私はすぐさま別のアンデッドに接続する。

 隙を突こうとはしたが、攻撃が成功する望みが薄いとは思っていた。
 相手は卓越した技量を有する冒険者の集団だ。
 純粋な対決では私に勝ち目などない。

 故に私は策を弄する。

 死霊魔術で命令を飛ばすと、追加のゴブリンが天井から落下してきた。
 先ほどと同様に毒液を蓄えた個体だ。

「気を付けろ! こいつは斬ると毒を撒き散らすッ」

 警告を発した素手の冒険者が、ゴブリンを掴んで投げ飛ばす。
 壁に叩き付けられたゴブリンは毒液を散らすも、冒険者にはかからなかった。

 手痛い被害を受けただけあって、上手く対処している。
 剣士たちも、鞘を使って殴打を行っていた。
 アンデッドと距離を取ったところで、弓使いが頭部を射抜いて殺害する。

 毒液を浴びた者たちもなんとか回復して加勢した。
 彼らは傾きかけた戦況を戻していく。

 冒険者たちは、まだ前進するつもりのようだった。
 先ほどの毒液投下で警戒しているらしく、堅実な戦い方を意識している。
 散発的に襲撃するアンデッドをものともせず、段々と下層へ進みつつあった。

 このままでは最下層まで到達するだろう。
 もちろんそれは私が許さない。
 彼らには早急に退去してもらわなければ。

 私は迷宮内のアンデッドを操作する。
 少しすると、冒険者たちの前方から地響きが鳴り始める。

 土煙と共に現れたのは、朱殻蟻の群れだった。
 朱殻蟻たちは怒涛の勢いで冒険者たちに突進する。

「おいおい、嘘だろ……!?」

 驚く魔術師たちは、すぐさま魔術で遠距離攻撃を行う。
 連射された火球が炸裂する。
 しかし、あまり効いていなかった。

 あの甲殻は魔術に対する優れた防御能力を持つのだ。
 加えて私が対魔力の術式を施している。
 これまでの死体のようには倒せない。

 ほとんど数を減らせないまま、冒険者は朱殻蟻との接近戦を強いられる。
 少し加減させているのもあるが、両者の力は拮抗していた。
 数の利を押し返す冒険者たちは大したものである。

 あまり朱殻蟻を破壊されても面倒なので、頃合いを見て横穴からゴブリンを投入した。
 そして冒険者たちのすぐそばで自爆させる。

 ゴブリンは多量の液体を撒き散らした。
 今回は毒ではない。
 ただの地下水だ。
 しかし、それのもたらす影響は甚大であった。

「なっ!? 何も見えないぞ!?」

「松明を消されたんだッ! 畜生! ふざけやがって!」

「痛ぇ……! 早く灯りを用意しろ!」

 地下水によって松明の火が消え、冒険者たちがパニックに陥る。
 急に光源を失ったことで、視覚はほとんど機能していまい。

 そこへアンデッドたちが容赦なく攻め込む。
 彼らは暗闇でも問題なく見通せる。
 監視する私も同じく支障がなかった。

 暗闇の中で戦闘音が響き渡る。
 そのうち魔術師が魔力の光を宙に灯した。
 焦っているためか、何度か詠唱を間違えていた。

 光源が復活するまでの間に、冒険者たちは負傷していた。
 死者は出ていない。
 不利な状況でも上手くやり過ごしていたようだ。
 これだけでも彼らの実力が窺える。

 冒険者たちは周囲のアンデッドを一掃すると、付近の開けた場所で休憩を始めた。
 かなり疲労しているようだ。
 そろそろ帰還も考え始めているだろう。

 非常に良い傾向だ。
 双方にとって悪くないことである。
 せっかくなので、その選択肢を後押しすることにした。

 私が念じると、迷宮の天井の一部が崩落した。
 そこから異常に膨れ上がった人間のアンデッドが落下し、冒険者たちの目の前に着地する。

 そのアンデッドは肥満という域を越えていた。
 別に生前の食べ過ぎなどで太っているのではない。
 猛毒を塗った骨の破片と空気が、体内にはち切れんばかりに詰め込んであるのだ。

「こ、こいつ……ッ!」

 前衛の大盾持ちが、肥大アンデッドを押して距離を取らせようとした。
 上手く離れたところで、魔術師に攻撃を頼むつもりなのだろう。
 しかし、体格差でそれは叶わず、それどころが肥満アンデッドに捕まれて持ち上げられてしまった。
 握り込まれる指が大盾持ちの身体を潰していく。

「ごっ、ぁがっ……!?」

「野郎、その手を離しやがれッ」

 苦しむ仲間を前に、剣士の一人が思わず攻撃を仕掛けた。
 一太刀で肥大アンデッドの腕を腹を切り裂く。

 次の瞬間、轟音と共に肥大アンデッドが爆発した。
 血肉に混ざって無数の骨の破片が四方八方に放たれる。
 通路に当たった分が火花を散らした。
 言うまでもなく至近距離にいた冒険者たちにも被害は及ぶ。

 残されたのは、凄惨たる光景だった。
 大盾持ちと、助けに入った剣士は全身を骨に引き裂かれて即死していた。
 もう一人の前衛である斧持ちは重傷だ。

 魔術師の一人は軽傷を負っている。
 咄嗟に魔術防壁を張ったらしく、それより後ろの面々は無傷だった。

 もう少し被害が出せると思ったのだが、魔術師の対応が適切かつ迅速だった。
 まあ、無視できない損傷は与えられたので良しとしよう。

 しばらく呆然としていた冒険者たちだが、粛々と撤退の準備を始めた。
 泣いたり怒ったりといった反応は見せない。
 それが隙に繋がると分かっているためだ。

 さすがにここからさらに進むつもりはないらしい。
 賢明な判断である。
 死んだ冒険者の遺品を持って、彼らは迷宮の出入り口へと向かう。

 私は追撃しない。
 冒険者たちを殲滅するつもりはないからだ。
 彼らが出入り口に到着するまで見届けたところで、私は死霊魔術を解除する。

 意識が自宅に戻った。
 しばらくすれば、村中が騒ぎになるだろう。
 帰還した冒険者たちは、迷宮の存在を言い広めるはずだ。
 これから本格的に忙しくなる。

 それも気になるが、まずは夕食にしよう。
 リセナに教わった野菜と鶏肉の炒め物を作るのだ。
 彼女の指導を受けてから、毎日のように作っている。
 感覚を忘れないためである。
 使う食材は微妙に変えているが、大きな失敗をすることは少なくなった。

 此度の成果を脳裏に描きながら、私は台所に向かった。
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