第27話 死霊術師は真意を探る

文字数 2,334文字

 開拓村には静かな熱狂が渦巻いていた。
 迷宮の発見が要因である。
 それだけ特別なことなのだ。
 近くに迷宮があるというだけで、この地の発展は約束されたに等しい。

 極貧とまでは言わないまでも、現在の開拓村は決して裕福ではない。
 まだまだ足りないものがたくさんある状態だ。
 越冬のために食糧の貯蓄も必要としている。
 このままでは、少なくない世帯が厳しい生活を強いられる恐れがあった。

 最悪、私が密かに狩りを行うという手もあるが、あまり使いたくない手段だ。
 開拓村は私抜きで回るようにしたかった。
 村人たちが協力し合って乗り越えるのが理想である。

 開拓村が発展すれば、こういった心配も確実に薄れるだろう。
 当然、この地に住む人々は大歓迎だ。
 私としても非常に望ましい。

 既に村全体の雰囲気が確実に明るいものへと好転してつつあった。
 狙い通りだ。
 迷宮の発生は肯定的に捉えられている。
 この調子で軌道に乗るのを願うばかりだ。

 早朝の診療を済ませた私は、村長の家を訪れていた。
 村長が腰を痛めたのでその治療だ。
 これも何度目かの治療である。
 村長は高齢で、腰の痛みが悪化する前に定期的に処置していた。
 回復魔術を使うのでさほど時間も取らない。
 大きな怪我でもないのですぐに終わる。

 これも医者として大事な仕事だ。
 さらに情報収集にも繋がるので疎かにはできない。

 身分も定かではない私の受け入れを許可して、自宅と診療所を手配したのもこの村長だ。
 何かと世話になっている人物というのもあった。

「いつもすまんのう。回復魔術はよく効くでな。お主には頼ってしまうわい」

「大丈夫ですよ。この村の皆さんのお力になれることが、私の喜びですから。頼っていただけて嬉しい限りです」

 腰を叩いて伸びをする村長に、私は微笑して答える。
 これは本音だ。
 医者という立ち位置で村に貢献できることには、いつも感謝の念を抱いていた。
 私がいくら願おうとも、周りからの認知と理解がなければ叶わないことである。

 村長はこちらを窺うように目を細める。

「……お主さえ良ければ、儂の選任の回復術師にならんか」

「ありがたいお誘いですが、私はより多くの皆さんの助けとなりたいので、難しいご相談です」

「ふうむ。そう言うと思ったわい。お主はまったく堅物じゃな。まあ、そういうところが信頼できるが。これからもよろしく頼むよ」

 村長は朗らかに笑う。
 今の勧誘は半ば冗談だった。
 ここへ来るたびに言っている。
 私が断ることを予想した上で言っているのだ。

 私の意思が固いことは、村長も承知している。
 なので今のやり取りは、ちょっとした恒例の挨拶のようなものであった。

 しばらく笑っていた村長だが、少し真面目な表情になる。
 話題を転換する合図だった。

「ところでお主は、迷宮のことは知っておるな。森に発生したとされる迷宮じゃ」

「はい。少し噂を聞き齧った程度ですが」

「今後は冒険者がたくさんやって来る。領主様の耳にも入っている頃じゃろう。近々、調査隊を派遣されるはずじゃ。はっは、忙しくなりそうだのう」

 村長は苦笑しながら愚痴る。
 開拓村の長である彼からすれば、嬉しい悲鳴でもあるだろう。

 会話の流れがちょうどいい方向だったので、私は村長に質問することにした。

「迷宮の発生で環境が変わりますが、これからはどういった方針で村を運営されるつもりなのですか」

「もちろん今の村人たちの生活を第一に考える。蔑ろにはされてはいけないものじゃからな。もちろんお主もその一人じゃ。たとえ回復魔術の技能がなかったとしても、大切な村の人間だからのう。安心せい、ここが悪くならんように儂が目を光らせるつもりじゃ」

 村長は即答した。
 偽りのない言葉であることは、彼の雰囲気を見れば明らかであった。

 そう判断した私は頭を下げる。

「ありがとうございます。もったいないお言葉です」

 村長は善良な人間だ。
 今の返答次第では"処理"も視野に入れたが、その必要はなさそうだった。

 もちろん実際に発展が始まってからの行動も注視する。
 前言を撤回して私服を肥やす可能性もあるかもしれない。
 その際は確実に始末するつもりだ。
 器の小さい人間に、これからの村の長は務まらない。

 見極めの済んだ私は、村長宅の玄関へ向かう。
 今日はこれが本当の目的のようなものだった。
 あちらから迷宮の話を出してくれたので早く終わった。

「なんじゃ、昼食を食べていかんのか」

「次の診察がありますので。申し訳ありません」

「そうか。どこまでも真面目な男じゃ。無理はせんようにな」

 そこで村長は、思い出したように警告を加える。

「おっと、そうじゃ。最近はこの村も何やら物騒じゃ。失踪者が多い。儂の甥も、何者かに殺害された。一見すると平和な村じゃが、くれぐれも注意してほしい。お主のような者が誰かの恨みを買っているとは思えないが、万が一ということもある」

「承知しました。ご忠告、ありがとうございます」

 やはり村長はいい人だ。
 私のような者にまで気遣ってくれる。
 一連の失踪を私が引き起こしていると知ったら、どういった反応をするのか。
 少し気になった。

 もっとも、それを知るということは、村長に死が訪れる。
 彼からすれば望ましくないことだろう。

 無知は決して罪ではない。
 世の中、知らない方がいいこともあるのだ。

 微笑みと共に一礼して、私は村長宅の扉を閉めた。
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