第17話 死霊術師は監視する

文字数 2,152文字

 数日後の昼間、私は診療所でリセナに調合の指導をしていた。
 リセナは相変わらず熱心に取り組んでいる。
 そして、私の言ったことをどんどん吸収していった。
 既に調合器具も使いこなしつつある。

 セレナの奮闘する姿を見守っていると、外から声がした。
 私は扉を開けて確認する。

 少し離れたところを冒険者の集団が歩いていた。
 ちょうど十人だ。
 彼らは一直線に移動している。
 それは森のある方角だった。

「どうされましたか?」

 調合作業の手を止めたリセナが尋ねてくる。
 私は扉を閉めて首を振った。

「いや。ただ冒険者が通りかかっただけだよ。たぶん依頼のために来たのだろう」

「そういえば、村長が最寄りのギルドに連絡を取ったと言っていました」

 少し前に全滅した冒険者に関することだろう。
 その件で調査にやってきたようだ。
 森に潜む脅威を探りに来たといったところか。
 おそらくは、村人が冒険者を殺害した可能性も考慮しているに違いない。

 彼らの装いを見るに、それなりの手練れのようだった。
 ギルド側による人選だろうか。
 以前、ここへ来た冒険者よりも明らかに強い。
 半端なアンデッドで奇襲を仕掛けても大した損害は与えられないだろう。

 そこまで確かめた私は、リセナのもとへ戻って調合の指導を再開する。
 その傍ら、片目だけを迷宮内のアンデッドとリンクさせた。
 視界の半分が迷宮内の光景に切り替わる。

 生憎と今は手が離せない。
 私はこの状態で冒険者たちの動向を調べるつもりだった。
 彼らならそれほど時間をかけずに人工迷宮を発見するはずだ。
 視界をリンクさせたまま、逐一監視しておこう。
 大した労力でもない。
 侵入されればすぐに分かるだろう。

 それからしばらくは何も起きず、和やかな時間が続いた。
 少しずつ上達してきたリセナの調合を見守るのみだ。

 彼女はよく頑張っている。
 短い時間で必死に学ぼうとしていた。
 そして相応の成果も出ている。
 ただ私の指示通りに動くのではなく、自分で考えて調合を行っていた。

 素晴らしいことだ。
 今日は薬草関連の書物を渡そう。
 リセナは文字が読めると聞いている。
 そろそろ専門的な知識を与えてもいい頃だろう。

 指導の途中、怪我人が運ばれてきた。
 農作業で誤って腕に裂傷を負ってしまったらしい。
 出血は酷かったが、回復魔術で痕を残さずに治療できた。
 リセナの承諾を得てから、ついでに彼女の作ったポーションも何本か渡しておく。

 効果は十分だ。
 簡単に作成できる類だが、摂取するのとしないのとではまるで違う。
 もし街で買い求める場合、それなりの金額がするだろう。

「先生、いつもありがとう! リセナちゃんも、ポーションありがとうな! 大事に使わせてもらうよ」

 ポーションを受け取った村人は、笑顔で去っていった。
 リセナはその後ろ姿を見て微笑む。

「なんだか嬉しいですね。村の役に立てている感じがします」

「事実、役に立っているよ。調合を学んでいけば、これからさらに貢献できる」

 リセナの気持ちはよく分かる。
 私も開拓村のために働けることに喜びを感じていた。
 人々の善意に囲まれ、そして自身も善意を提供できるのなら、それはとても素晴らしいことだろう。
 私もリセナも、既にその循環に組み込まれている。

 その後、リセナは夕食の支度があるということで帰宅した。
 私は元気に手を振るリセナを見送る。
 彼女の笑顔は眩しい。
 私のような存在に向けられていいのかと戸惑うほどに。
 最近は慣れてきたものの、未だに自問することはあった。

 そんな折、迷宮にリンクさせた目が冒険者を捉える。
 彼らは入口から迷宮内を窺っていた。
 ようやく発見してくれたようだ。
 予想より少し時間がかかっていた。
 魔術師の感知能力が低かったらしい。

 とは言え、文句はない。
 彼らは私の目論見通りに迷宮を見つけたのだから。
 収穫なしで村に引き返される方がよほど面倒だった。
 この機を逃すと、いつ迷宮の存在が発覚するか分からない。
 とにかく見つかってよかった。

 私は自宅内に戻って各所を念入りに施錠していき、それが済むといつもの椅子に腰かける。
 そして両目を迷宮内のアンデッドとリンクさせた。
 暗がりを映す視野が広がり、それに伴って自宅の景色が見えなくなる。

 冒険者たちは、迷宮の入り口からこちらを覗き込んでいた。
 何人かが松明を持っている。
 元が朱殻蟻の巣なので急勾配の坂になっているが、その程度なら容易に下りてくるだろう。

 案の定、彼らはロープを使って侵入してくる。
 慎重な足取りだ。
 ひとまず浅い層までを確かめるつもりなのだろう。
 彼らはギルドにこの場所の報告をしなければいけないのだ。
 生還を念頭に置きながらも、ある程度は進行するものと思われる。

 無論、ここで冒険者たちを惨殺するような真似はしない。
 この迷宮には価値がある、と方々に報せてもらわねばならない。
 それなりの危険とそれなりの報酬を与える。

 さぁ、お手並み拝見といこう。
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