第7話 死霊術師は命を救う

文字数 2,097文字

 私はリセナと共に駆け足で移動する。
 この肉体は疲労しないので全力疾走でも構わないが、リセナが息を切らしている。
 私を探し回ったのかもしれない。
 悪いことをしてしまった。

 途中、リセナから詳しい事情を聞く。
 彼女の弟――ルイは、同年代の子供と度胸試しに森へ入ったらしい。
 結果、狼の魔物に襲われたそうだ。

 付近に生息する狼の魔物と言えば土狼だろう。
 私が冒険者の襲撃に使った肉体である。
 よく生き残れたものだ。

 あの魔物は、獰猛な性格をしている。
 人間の子供など恰好の捕食対象だ。
 大怪我を負ったとは言え、生きていたのは運が良かったのだろう。
 ルイは現在、彼の自宅に運ばれているとのことだった。

 私は診療所に寄り、各種ポーションを確保してから向かうことにする。
 リセナには先にルイを見に行くように伝えた。

 私は仕事場である診療所内で、治療用ポーションを見繕う。
 数はそれほど多くない。
 あくまでも回復魔術の補助にしか使わないからだ。
 これらが無くても治療は可能だが、私は万全を期する。
 集めたポーション一式を鞄に詰め込み、すぐさまリセナの実家へ向かった。

 リセナは息も絶え絶えに自宅前にいた。
 彼女は私の到着に合わせて扉を開く。

「せ、先生……! 早い、ですね……」

「事態は一刻を争うからね」

 答えながら私は家に入る。

 ルイは寝台で横になっていた。
 そばには彼の父親が寄り添っている。
 土と血に汚れた作業服。
 ここまでルイを運んできたのだろう。

 ルイとリセナの母親は、数年前に病で亡くなったと聞いていた。
 ここでさらに家族を失うとなると、そのショックは計り知れない。

 父親は入室した私に縋り付いてきた。

「先生っ! む、息子は……助かるのですか……?」

 顔には重度の心的疲労が窺える。
 気が気でないのだろう。

 私は父親を宥める。

「必ず助けます。ですから落ち着いてください」

「お願い、します……」

 後退する父親を横目に、私はルイの様子を観察する。

 苦痛に歪む顔。
 布で押さえ付けて止血されていた。
 それを慎重に剥がす。

 左肩と右脇腹に噛まれた痕があった。
 かなりの重傷だ。
 他にも無数の引っ掻き傷が刻まれている。
 放っておくと半日もせずに死ぬだろう。
 即死しなかっただけ幸運なほどである。

 もっとも、この程度の負傷ならば手遅れとは程遠い。
 私はルイに触れて回復魔術を使用する。
 厳密には死霊魔術の応用だ。
 一般的に知られる回復魔術とは体系が異なる。

 私の持つ技能は死霊魔術のみ。
 それでも傍目には違いなど分からず、治療効果は十分であった。
 むしろ本来の回復魔術よりも高性能だろう。
 適応範囲も大きく、様々な怪我に対応可能だった。

 仮に死んでしまったとしても、他者の肉体に魂を移せば生存できる。
 倫理を度外視するなら、高位アンデッドに変異させるという手もあった。
 意識を保ったまま、永遠の命を得られる。

 まあ、今回に関しては無関係な話だ。
 そこまで手を尽くす必要すらない。

 魔術の効果により、ルイの傷が瞬く間に塞がっていく。
 さらに数種のポーションをかけて、その一部を直接飲ませた。
 傷跡が薄れてたちまち消える。

 その頃にはルイの顔色もすっかり良くなった。
 今では穏やかに眠っている。

 魔術を切った私は、リセナとその父親に告げる。

「これでもう大丈夫です。念のために、しばらくは安静にさせてください。水と食事も忘れないようにお願いします」

「先生……本当に、ありがとうございます」

「何とお礼を言っていいか……このご恩は、必ずお返ししますので……」

 リセナと父親は、涙を浮かべて頭を下げる。
 感極まって声が震えていた。

「お気になさらず。医者として当然のことです。それでは失礼します」

 静かに返しながら、私はリセナの家を後にする。

 彼らに告げた言葉は、紛うことなき本音であった。
 善良で温かな家族を失うことは、村にとっても損失だ。
 彼らには幸せでいてもらわねばならない。

 私と違って、人間の命はたった一つなのだから。
 かけがえのないものである。

 自宅への道を進む最中、私はふと足を止めた。
 此度のことに関して考える。

 今回のような事故で、これからも村人達に危険が及ぶ可能性があった。
 私の治療が間に合えばいいものの、そう上手くはいかない時も出てくるかもしれない。

 それは困る。
 この開拓村には死んではいけない人達がいる。
 私が医者をしているのも、必要な村人を救うためだ。

「…………」

 私は道の真ん中に佇んで真剣に考えを巡らせる。
 そして閃いた。

 存外に良い案があった。
 ついでに他の問題も合わせて解決できそうだ。

 ひとまず夜を待たなければ。
 さっそく準備を進めていこうと思う。

 開拓村の治安改善の目途が立ち、私は満足しながら自宅へ戻った。
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