第47話 死霊術師は吸血鬼を救う

文字数 2,117文字

 ルシアは眷属を引き連れて聖騎士たちに接近する。
 闇魔術で光源を潰して襲いかかることにしたようだ。
 アンデッドは闇夜を見通す特性を持つ。
 人間のみが不利な状況であった。
 単純だが悪くない戦法だ。
 下手な奇策に頼るよりも、ずっと堅実で効果的である。

 聖騎士は魔術の光を再度使おうとしていた。
 極めて簡単な魔術だ。
 いくらも時間はかからない。
 しかし、その僅かな時間が命取りになる。

「遅いんだよッ」

 ルシアが獣のように跳躍した。
 彼女は鎌を聖騎士の首筋に食い込ませ、そのまま振り抜いて切り裂く。
 血飛沫が通路を濡らした。

「――、――――ッ!?」

 切られた聖騎士は、膝から崩れ落ちて痙攣する。
 剣を取り落として苦しげに呻いた。

 そこへ眷属が群がる。
 彼らは聖騎士の鎧を力任せに引き剥がし、その下にある肉体を食い千切った。
 断末魔が響く中、ルシアは別の聖騎士に攻撃を仕掛ける。

「この吸血鬼がっ!」

 聖騎士が剣を斜めに一閃する。
 ルシアは軌道上の肉体を影のように変質させて回避した。
 振り抜いて無防備になった騎士の脇に、彼女は鎌を深々と刺して薙ぐ。
 そこへまたもや眷属が殺到し、動けなくなった聖騎士を捕食する。

 私は奮闘するルシアの鎌に注目した。
 どうやらアンデッドの毒が塗布されているようだ。
 おそらくは麻痺毒だろう。
 掠り傷でも無視できないものになる。
 そうして動きの鈍った聖騎士を、眷属で確実に殺害している。
 あれでは他の聖騎士も救助できない。

 ルシアは自身の役目をよく理解している。
 派手な攻撃は控え、ただ戦力を削ることだけを徹底した立ち回りを意識していた。
 私の指示を厳守している証拠だ。
 自らの実力を客観的に捉えて、最良の働きをしてくれている。
 奇襲を失敗する可能性も考えていたが、懸念だったようだ。

 ルシアと眷属は、今まで快調だった一行に痛撃を与えていく。
 魔術の光が再発動されるまでに、五人もの犠牲者を出した。
 総勢が二十人と少しであることを考えると甚大な被害である。
 奇襲としては上々の結果だろう。

 眷属も何人か倒されたが、そんな被害は微々たるものだ。
 迷宮内にていくらでも補充できる。
 加えてルシアは無傷だ。
 彼女は聖魔術の脅威を知っているため、眷属を盾にして凌いでいた。
 すっかり吸血鬼の能力を使いこなしているようだ。
 膨大な魔力を身体強化に割いて、格上の聖騎士とも渡り合っている。

 そんなルシアのもとへ、部下を押し退けながらレリオットが近付いていく。
 彼は顔を憤怒に染めている。
 魔力を流された聖剣が極光を放っていた。
 目がちりちりと焼けるのを知覚する。

「チッ……」

 舌打ちしたルシアは、慌てて踵を返す。
 剣聖には敵わないと直感的に悟ったらしい。
 その判断は間違っていない。
 彼女はレリオットへと眷属をけしかけながら逃走する。

「絶対に、逃がさない――!」

 一方、レリオットは凄まじい剣技で眷属を解体していく。
 その歩みは欠片の減速も見せない。
 彼の狙いはルシアだった。
 何としてもここで仕留めるつもりのようだ。

 あれではとても逃げ切れない。
 放っておくとルシアが殺されてしまうだろう。
 それは非常に困る。
 彼女は優秀な協力者なのだ。
 ここで殺されると不都合が生じてしまう。

 私は死霊魔術を発動して、生き残りの眷属の一体に憑依した。
 ちょうど両者の間にあたる位置だ。
 他の眷属を蹴散らしながらレリオットが迫ってくる。

 私は追加で術式を構築し、周囲の瘴気を一気に吸い込む。
 急速に膨張する肉体。
 すぐに許容限界を超えて勢いよく破裂した。

 死霊魔術で泥のように変質した瘴気が、体内から弾けて飛び散る。
 間近にいたレリオットは、剣を止めて咄嗟に防御した。
 聖魔術の壁が展開され、付着する泥を蒸発させる。

 その隙にルシアは蝙蝠に姿を変えて逃走した。
 加速した彼女は、曲がり角を抜けていなくなる。
 これだけ距離を取れば大丈夫だろう。
 追いつかれることはないはずだ。

 聖騎士たちはすぐに聖魔術を使用し、四散した泥状の瘴気を消し始めた。
 その流れで付着した分の浄化も行う。
 難儀しているようだが、放置するわけにもいかない。
 泥となった瘴気は濃度が高く、肉体汚染の進行も早い。

 そんな彼らの姿を、私は黙って眺めていた。
 破裂した眷属の残骸に、まだ意識を保持しているのだ。
 辛うじて頭部が残っていたおかげで、術が途切れずに済んでいる。
 既に動けない状態だが、目としての機能は健在であった。

 そんな私に人影が近づいてくる。
 眼球を動かすと、聖剣を提げるレリオットと目が合った。
 瞳は憎悪に震えており、狂気とすら呼べる覇気を孕んでいる。

「――貴様か。絶対に殺してやる。僕は貴様を許さない。皆の仇は取らせてもらう」

 そう言ってレリオットは、聖剣を私の頭部に突き立てる。
 焼けるような痛みを伴って視界が暗転した。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み