第50話 死霊術師は決戦の行く末を悟る

文字数 2,737文字

「不死者共がァ……ッ!」

 剣聖レリオットは、縦横無尽に疾走する。
 そして、信じられない速度で死骸騎士に斬撃を叩き込んでいく。
 連続で発声する火花。
 私の目では追い切れなくなってきた。
 俯瞰的に観戦することで、辛うじて状況が分かる。

 閃く聖剣の刃。
 噴き上げる黒炎をも、あっけなく浄化されていた。
 使い手であるレリオットへの負担を最小限に留めている。

 あの炎には毒も含まれている。
 常人ならば、近付くだけで腐蝕が進む。
 まともに浴びれば腐り落ちるだろう。
 そういった毒であるにも関わらず、聖剣はまとめて無効化しているのであった。

 やはり侮れない。
 さすがは対アンデッドに特化した武器だ。
 せっかく施した工夫が次々と破られている。

 死骸騎士も対抗して剣を振るっているが、機敏に動き回るレリオットには当たらない。
 空振りのたびに聖剣で斬られている。
 持ち前の圧倒的な耐久力で凌いでいる状態であった。

 肉体性能では決して負けていない。
 むしろ死骸騎士に軍配が上がるだろう。
 二対一という構図でも優位に立っている。
 それなのに拮抗した戦いとなっているのは、戦闘技術の差に他ならない。

 死骸騎士はこれが初の実戦だ。
 ルシアとの訓練で技術を培い、怨霊に根付いた戦闘経験も得ているが、所詮は付け焼き刃である。
 大陸最強の剣士と謳われるレリオットには遠く及ばない。
 優れた性能がなければ、とっくに聖剣で滅されているだろう。

 死骸騎士が力任せに剣を振り下ろす。
 レリオットはそれを聖剣で受け流すと、回転しながら死骸騎士の腕を斬り上げた。
 一筋の亀裂が走り、死骸騎士の前腕が砕ける。
 破損個所から黒炎が弾け出した。
 レリオットは呼吸を止めて素早く後退する。

 悪環境の中でも、レリオットは剣聖の実力を遺憾なく発揮している。
 二体の死骸騎士を相手に善戦していた。
 その見事な立ち回りには称賛を送るしかない。

 一方、四人の聖騎士たちは苦戦を強いられていた。
 濃密な瘴気に侵された彼らは、満足に動けていない。
 道中の連戦で極限状態に達していたのも大きい。
 聖魔術の出力も不足しており、死骸騎士の防御を突破できずにいた。

 おそらく彼らだけでは死骸騎士を倒せない。
 レリオットが加勢が必須だ。
 しかし、レリオットも二体の死骸騎士の相手で精一杯であった。
 さすがの彼でも、仲間に助太刀するまでには時間がかかる。

「ぐ、はっ!?」

 戦いの中で聖騎士の一人が膝を突いた。
 聖騎士は口元を押さえて吐血する。
 瘴気による肉体汚染が限界に来たらしい。
 ここは人間を見放した空間だ。
 激しい運動をするだけでも致命傷になる。

 そこへ死骸騎士が歩み寄り、頭上から無造作に剣を叩き付けた。
 聖騎士は飛び退こうとするも、間に合わずに上下に分断される。
 上半身が臓腑を振り乱しながら転がっていった。
 虚ろな目の聖騎士は、天井を睨んだまま息を引き取る。

「――この、野郎がああああああぁぁあっ!」

 激昂する別の聖騎士が聖魔術を放つ。
 光の矢の連射は、そのすべてが死骸騎士に命中した。
 金属音を立てて鎧の胸部に小さな穴がいくつも開いた。
 穴から毒液が滲み出す。

 それを目にした私は少し感心する。
 まさか鎧を貫くとは思わなかった。
 極限状態で渾身の一撃を成功させたようだ。
 さすがは聖騎士である。

 もっとも、死骸騎士にとっては小さな傷でしかない。
 傷穴は肉が蠢いてすぐに塞がれた。
 聖魔術の傷なので若干治りが遅いが、それでも誤差の範囲だ。
 外殻の鎧もそのうち修復されるだろう。

「はっはは……嘘、だろ……?」

 光の矢を放った聖騎士は、泣きそうな顔で笑う。
 膝が痙攣して座り込んでいた。
 魔力枯渇で動けないようだ。
 本当になけなしの魔力を使っての発動だったらしい。

 死骸騎士は反撃とばかりに黒炎を吹き付ける。
 片脚から一気に燃え上がった聖騎士は、半狂乱になって転げ回った。
 苦悶するその肉体は、間もなく炭化して動きを止める。

「仲間の、仇だぁッ!」

「死にやがれ……!」

 残る二人の聖騎士が、同時に攻撃を仕掛ける。
 素晴らしい連携だ。
 上手くタイミングを合わせて次々と斬撃を繰り返していく。

 しかし、そのいずれも死骸騎士への痛打へは至らなかった。
 鎧を少し削った程度である。
 肉を切り裂いた分も、やはりすぐに再生していた。

 やがて死骸騎士が片割れの一人の頭部を掴んだ。
 そこから無造作に地面へと叩き付ける。
 衝撃で聖騎士の頭部が粉砕された。
 死骸騎士の指の間から、潰れた脳漿が血と共にはみ出す。

「ま、まさか。そんな……俺たちは聖騎――」

 呆然と佇む最後の一人に、死骸騎士が剣を突き出した。
 重厚な切っ先が聖騎士の胴体を貫き通す。
 破れた背中から血飛沫が迸る。

「ぐぇっ、あっ……!?」

 串刺しになった聖騎士は苦悶するも、残る力を振り絞って剣を投げた。
 聖魔術が付与されたそれは、死骸騎士の顔面に炸裂する。
 空気を揺らす白い爆発。
 死骸騎士の顔が焼け爛れていた。

「ぐっ……ざまあ、み……ろ……」

 聖騎士は満足したように笑い、力尽きた。
 流れ出た血液が、その身を貫く剣を伝っていく。

 獲物を殲滅した死骸騎士は、のっそりと振り返る。
 視線の先では、未だにレリオットが戦っていた。

 彼と相対していた死骸騎士の一体が、四肢と首を分断されて転がっている。
 聖剣の力で再生が上手く行かないようだ。
 斬られた箇所から浄化が進行している。
 いずれ死亡するだろう。

 聖騎士を全滅した死骸騎士は、横合いからレリオットに斬りかかる。
 唸りを上げる一撃に対し、レリオットは紙一重で身を躱す。
 そして、目撃した。

 死骸騎士の剣には、串刺しの聖騎士が付いたままだった。
 それが地面に叩き付けられたことで潰れて四散する。
 血肉が飛び散ってこの空間の汚染の一部と化した。 

「なんて、ことを……」

 事態を理解したレリオットは、凄まじい形相を見せる。
 極限の怒りと憎しみがありありと浮かんでいた。
 血の涙を流すレリオットは叫ぶ。

「聖剣よ、我に力を――。浅ましき不死者を屠る力をッ!」

 神速の連続突きが、死骸騎士を怯ませ薙ぎ払う。
 軌道に伴う浄化の光が瘴気すら斬り伏せた。
 底無しの殺意を秘めた眼差しが、ちらりと天井の私を見た。

 ――孤独となった剣聖は、死地を足掻き続ける。
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