第54話 死霊術師は心に誓う

文字数 2,681文字

 剣聖レリオット・クロムハートとの戦いから三日。
 私は平穏な日々を過ごしていた。

 開拓村は相変わらずの発展ぶりだった。
 日ごとに規模が拡大している。

 一つ残念なことと言えば、レリオット一行の帰還を待つ者がいることだろうか。
 彼らは祝いの準備もしている。
 それらを台無しにしてしまったのは心苦しい。

 しかし、レリオット一行の殺害は必要なことだった。
 撤退に追い込む程度では決して諦めなかったろう。
 今後を考えると早期に排除すべき存在であった。

 ギルドでは捜索隊が編成されているらしい。
 下層まで侵入するつもりだそうだ。
 あまり深部まで来られると命の保証ができないのだが、一介の医者である私が意見できるはずもない。
 そこそこの犠牲者を出して撤退を促すのが最善の策だろう。

 迷宮で死者が出るのは当たり前のことだ。
 それは英雄にしても同様である。
 行方不明になったレリオット一行の話も、やがて風化して忘れ去られる。
 それまで待つしかなかった。

 一方、迷宮は好調だった。
 死霊結界で消費した瘴気と怨念も回復し、大量に倒されたアンデッドの数も元に戻った。
 私が手を施したのもあるが、迷宮の修復力による部分が大きい。

 テテには引き続き迷宮の監督と管理を任せていた。
 彼女は冒険者が繰り返し訪れるように調節し、迷宮の拡大工事も並行して進めている。
 大陸一番の迷宮にするのだと豪語していた。
 彼女なりに楽しんでいるようである。

 ルシアは中層を根城に活動していた。
 彼女はレリオットとの交戦を経て成長した。
 吸血鬼としての慢心は消え、用心深い戦法を採るようになった。
 直接姿を見せず、冒険者を罠にかけることも多い。

 彼女も迷宮での生活に満足している。
 元より殺人衝動を抱えて苦しんでいたのだ。
 そういった悩みを持たずに振る舞えるのは楽に違いない。

 破壊された死骸騎士は、欠点を見直しながら修理した。
 それに加えて五十体ほど量産した。
 肉体性能も向上し、浄化を受けた箇所を切り離して活動できるようにした。
 たとえ聖剣の攻撃を受けても、これで簡単には倒されないようになった。
 死骸騎士たちには、下層の広い空間で模擬戦闘をさせている。
 これで戦闘経験も補えるだろう。

 既存戦力の強化に加えて、新たな戦力も増えていた。
 具体的には、アンデッド化させたレリオット一行である。

 二十数人の聖騎士は、闇に囚われた首無しの騎士――デュラハンになった。
 種族としては中位であり、吸血鬼と同程度だろう。
 デュラハンは半ば亡霊に近い体質を持ち、アンデッドの中でも高い不死性を誇る。
 さらに人間を遥かに凌駕する膂力も兼ね備えていた。
 生前の強い衝動も宿しているため、総合的な戦闘能力は非常に高い。

 そして、剣聖レリオットもデュラハンになった。
 義体は解析して改良を行い、より強靭にして彼に装着させた。
 デュラハンとなった元剣聖は、他の個体と違って死霊術師の力をも行使する。
 生前の魔術適性が引き継がれたのだろう。
 瘴気から怨霊の馬を生成し、それに跨って戦闘を行う。
 無論、近くの死体も即座にアンデッド化して操ることもできた。
 属性を反転させた聖剣もとい魔剣を携え、生前の剣技も遺憾なく発揮するので、並のアンデッドより遥かに強い。

 さらに死霊結界に囚われた影響か、元剣聖のデュラハンは微量ながらも霊毒を分泌する。
 霊毒を纏わせた斬撃は、立ち向かう冒険者にとってあまりにも致命的だった。

 おまけに聖魔術への並々ならぬ耐性を持っており、一般的な浄化は効かない。
 むしろ体内から放出する瘴気で汚染する始末だった。

 いずれも通常のデュラハンにはない能力である。
 例外的な特殊能力が多すぎる。
 彼だけが明らかな上位種であった。

 レリオットはアンデッド適性が高かったらしい。
 あれだけアンデッドを憎んだ彼がこのような才覚を持つとは、何たる皮肉だろうか。
 或いは深い憎悪を抱いていたが故の適性か。
 とにかく頼りになる戦力であることに違いはない。

 激戦を経験した迷宮は大きく成長した。
 概ね私の望み通りである。
 この調子で開拓村の発展を支えてほしいものだった。

「……先生? 大丈夫ですか?」

 気遣うような声で我に返る。
 目の前に座るリセナによる発言だった。

 私は思考を止めて微笑する。

「大丈夫だよ。すまないね、少しぼんやりしていた」

「先生はいつも働かれていますからね。疲れた時は、無理せず休んでくださいね?」

「ああ、そうさせてもらうよ」

 ここは村の定食屋だ。
 昼間から盛況だった。
 冒険者たちも利用しており、にぎやかで良い雰囲気である。

「それにしても、この村も大きくなりましたね。迷宮が見つかってからの変化がすごいです」

 周りを見回したリセナは、しみじみと語る。

 私は大いに同意する。
 努力の甲斐もあったというものだ。
 今のところはこれといったトラブルも見かけない。
 唯一、レリオットが現れたことくらいだろうか。
 それを除けば平穏かつ活発な村である。

 視線を下に落としたリセナが、少し不安そうに言う。

「ただ、便利になるのは嬉しいですけど、少し寂しい気持ちもありますね。今の良さが無くなってほしくないというか……」

 彼女の意見は分かる。
 元の開拓村を知る者からすれば、目まぐるしい変化だろう。
 ある種の疎外感や、発展への不安を抱くのも当然だ。

 私はリセナの目を見て告げる。

「心配することはない。皆で協力すれば、きっと平和で暮らしやすい場所でいられるさ。今の良さも維持できるはずだ。そのために私も、微力ながら貢献させてもらう。ずっとこの村にいる。約束するよ」

「……先生がそうおっしゃるのなら安心ですね! 私もこの村がより良い場所になるように頑張ります!」

 リセナはぱっと顔を輝かせた。
 私が励まそうとしていることに気付き、笑顔を作ったようだ。
 相変わらず察しのいい少女である。
 こちらへの気遣いとは別に、内面の陰りも少し晴れたみたいなので良かった。

 さて、約束したからには、実行しなければいけない。
 ずっとこの村にいよう。
 そして行く末を見守り続ける。

 私にしかできないことだ。
 誰にも知られず、いつまでも手を差し伸べよう。
 この命に限りはないのだから。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み