第9話 死霊術師は少女と出会う
文字数 2,010文字
各種アンデッド達が、手分けして瓦礫を撤去している。
それらは巣の中から出してきたものだ。
死体の中でも朱殻蟻の運搬ペースが速い。
やはり本職の魔物というべきか。
それらを眺める私は、朱殻蟻の破片に腰かけていた。
傍目には何もしていないように見えるだろうが、実際はアンデッド達に逐一命令を下していた。
単純な戦闘行動なら放置しても可能だが、細かな判断を要する作業においては、ある程度は操作しなくてはいけない。
現在は巣の内部を整備していた。
働くアンデッド達の視界を経由して、内部の様子は把握できている。
どういった構造になっているかは既に九割以上判明していた。
結果、一定の調整が必要だと分かった。
清潔感はそれほど必要ではないにしろ、私が利用するためには相応の準備がある。
私がわざわざ朱殻蟻を襲撃し、この巣に手を加える理由。
それは、人工迷宮の製造のためだ。
迷宮とはこの世界の特殊現象の一つである。
空間が変異して迷宮化すると、様々な鉱石や古代の遺産が出土するようになる。
同時に魔物も恒常発生もしくは近隣から棲み付く。
その区画が法則を超越した空間になるのだ。
迷宮は世界各地に点在する。
探索には命の危険を伴うが、それを上回るメリットが存在した。
発生する魔物の素材は貴重な資源になり、採取できる鉱石や遺産も高価値なのだ。
まさに一攫千金。
冒険者の間でも、迷宮探索は根強い人気を誇る。
そんな迷宮を、私は人為的に生み出すことにした。
冒険者を呼び寄せて殺害し、彼らの遺品を奪うためだ。
迷宮の恩恵は半ば常識として周知されている。
罠としては最適だろう。
内部構造を適した形に整え、大量のアンデッドを配置して魔力と瘴気を密集させていけば、いずれ自然と迷宮化するはずだった。
迷宮化には多少の運が絡むものの、早いか遅いかの違いだ。
異常な空間ほど迷宮化しやすく、アンデッドの蔓延るこの巣などは、その条件を十二分に満たしていた。
万が一、迷宮化しなかった場合も、私が諸々を調達して揃えるだけだ。
手間はかかるが、難しい話ではない。
死霊術を用いれば、冒険者にとって価値のあるものだって無尽蔵に生み出せる。
迷宮が近くにあれば、副次的に村の発展も加速するだろう。
さらにはこれまでの行方不明者の件も、迷宮の発生で有耶無耶にできる。
生活が瞬く間に豊かになれば、細かなことを気にする者も減る。
村人による疑いの矛先と悪感情を、迷宮に押し付け誤魔化すのだ。
やや強引だが、分かりやすい。
そして、分かりやすいからこそ都合がいい。
開拓村にこそ、迷宮の存在が必要不可欠だった。
今後の展開を想像しながら、私はアンデッド達による作業を見守る。
瓦礫の撤去は粗方終了したようだった。
次は巣の内部構造を変える。
それを専門とする朱殻蟻がいるので楽な作業だ。
迷宮として最適な形状へと改造を加えていく。
そんな折、背後から物音がした。
私は包丁を手に振り返る。
暗闇から顔を出すのは、白いワンピースを着た少女だった。
揺れる茶色い長髪。
彼女は少し驚いた表情でこちらを見ている。
深夜の森の中になぜ少女がいるのか。
たまたま立ち寄るような場所でもない。
狩人や自警団さえも、魔物との遭遇を恐れて近付かないのだから。
少女からは特別な力を感じない。
正真正銘、ただの人間である。
擬態の得意な魔族もいるが、それらの存在でも何かしらの異常を感知できる。
少女は本当に平凡な存在だった。
私は立ち上がり、近くにいたアンデッド数体を招く。
木々に寄る少女を見て、包丁を握り直す。
確かなことは、見てはいけないものを少女が見ていることだ。
迷宮化は自然現象。
そこに何者かの関与があると察知されると、いらぬ疑念や不安を蔓延させることになる。
誰かが造ったのだという噂が広まると困るのだ。
ここで始末しなければならない。
そう思って私が近付こうとすると、少女が薄笑いを浮かべた。
滲む感情は、諦めと愉快。
自らの破滅を喜んでいるかのようだった。
私は攻撃の手を止める。
その感情の理由を訊いてみたくなった。
或いは何らかの罠かもしれない。
私は少女に問いを投げる。
「何者かな」
「……驚いた。アンデッドなのに会話できるのね。そっちこそ誰なの?」
「生憎と正体は明かせない。色々と事情があるんだ」
少女が本当に感心している様子だった。
興味深そうに私を見つめてくる。
そのうち木陰から出ると、少女はこちらに歩み寄ってきた。
「私の名前はテテ。森の外の開拓村の人間よ。自殺したくて森を彷徨っていたら、こんなところに来てしまったの。よろしくね」
それらは巣の中から出してきたものだ。
死体の中でも朱殻蟻の運搬ペースが速い。
やはり本職の魔物というべきか。
それらを眺める私は、朱殻蟻の破片に腰かけていた。
傍目には何もしていないように見えるだろうが、実際はアンデッド達に逐一命令を下していた。
単純な戦闘行動なら放置しても可能だが、細かな判断を要する作業においては、ある程度は操作しなくてはいけない。
現在は巣の内部を整備していた。
働くアンデッド達の視界を経由して、内部の様子は把握できている。
どういった構造になっているかは既に九割以上判明していた。
結果、一定の調整が必要だと分かった。
清潔感はそれほど必要ではないにしろ、私が利用するためには相応の準備がある。
私がわざわざ朱殻蟻を襲撃し、この巣に手を加える理由。
それは、人工迷宮の製造のためだ。
迷宮とはこの世界の特殊現象の一つである。
空間が変異して迷宮化すると、様々な鉱石や古代の遺産が出土するようになる。
同時に魔物も恒常発生もしくは近隣から棲み付く。
その区画が法則を超越した空間になるのだ。
迷宮は世界各地に点在する。
探索には命の危険を伴うが、それを上回るメリットが存在した。
発生する魔物の素材は貴重な資源になり、採取できる鉱石や遺産も高価値なのだ。
まさに一攫千金。
冒険者の間でも、迷宮探索は根強い人気を誇る。
そんな迷宮を、私は人為的に生み出すことにした。
冒険者を呼び寄せて殺害し、彼らの遺品を奪うためだ。
迷宮の恩恵は半ば常識として周知されている。
罠としては最適だろう。
内部構造を適した形に整え、大量のアンデッドを配置して魔力と瘴気を密集させていけば、いずれ自然と迷宮化するはずだった。
迷宮化には多少の運が絡むものの、早いか遅いかの違いだ。
異常な空間ほど迷宮化しやすく、アンデッドの蔓延るこの巣などは、その条件を十二分に満たしていた。
万が一、迷宮化しなかった場合も、私が諸々を調達して揃えるだけだ。
手間はかかるが、難しい話ではない。
死霊術を用いれば、冒険者にとって価値のあるものだって無尽蔵に生み出せる。
迷宮が近くにあれば、副次的に村の発展も加速するだろう。
さらにはこれまでの行方不明者の件も、迷宮の発生で有耶無耶にできる。
生活が瞬く間に豊かになれば、細かなことを気にする者も減る。
村人による疑いの矛先と悪感情を、迷宮に押し付け誤魔化すのだ。
やや強引だが、分かりやすい。
そして、分かりやすいからこそ都合がいい。
開拓村にこそ、迷宮の存在が必要不可欠だった。
今後の展開を想像しながら、私はアンデッド達による作業を見守る。
瓦礫の撤去は粗方終了したようだった。
次は巣の内部構造を変える。
それを専門とする朱殻蟻がいるので楽な作業だ。
迷宮として最適な形状へと改造を加えていく。
そんな折、背後から物音がした。
私は包丁を手に振り返る。
暗闇から顔を出すのは、白いワンピースを着た少女だった。
揺れる茶色い長髪。
彼女は少し驚いた表情でこちらを見ている。
深夜の森の中になぜ少女がいるのか。
たまたま立ち寄るような場所でもない。
狩人や自警団さえも、魔物との遭遇を恐れて近付かないのだから。
少女からは特別な力を感じない。
正真正銘、ただの人間である。
擬態の得意な魔族もいるが、それらの存在でも何かしらの異常を感知できる。
少女は本当に平凡な存在だった。
私は立ち上がり、近くにいたアンデッド数体を招く。
木々に寄る少女を見て、包丁を握り直す。
確かなことは、見てはいけないものを少女が見ていることだ。
迷宮化は自然現象。
そこに何者かの関与があると察知されると、いらぬ疑念や不安を蔓延させることになる。
誰かが造ったのだという噂が広まると困るのだ。
ここで始末しなければならない。
そう思って私が近付こうとすると、少女が薄笑いを浮かべた。
滲む感情は、諦めと愉快。
自らの破滅を喜んでいるかのようだった。
私は攻撃の手を止める。
その感情の理由を訊いてみたくなった。
或いは何らかの罠かもしれない。
私は少女に問いを投げる。
「何者かな」
「……驚いた。アンデッドなのに会話できるのね。そっちこそ誰なの?」
「生憎と正体は明かせない。色々と事情があるんだ」
少女が本当に感心している様子だった。
興味深そうに私を見つめてくる。
そのうち木陰から出ると、少女はこちらに歩み寄ってきた。
「私の名前はテテ。森の外の開拓村の人間よ。自殺したくて森を彷徨っていたら、こんなところに来てしまったの。よろしくね」