第5話 死霊術師は獣と成る

文字数 2,162文字

 翌日の昼間、冒険者は森へ魔物を狩りに行った。
 魔物討伐の依頼をこなすそうだ。
 彼らの動向には注目していたので、すぐに情報を入手できた。

 そして現在の私は自宅にいる。
 入念な戸締りの確認を経て、いつもの椅子に座る。

 今日は医者としての業務はすべて済ませた。
 万が一、誰かの訪問があればすぐに察知できる。
 その際は肉体を捨てて戻ればいい。

 私は死霊魔術を発動する。
 すぐに視界が変動した。

 身体の感覚が大きく変わる。
 そのずれを認識して、脳内で修正を加えた。
 私は四足歩行になって、この肉体が潜伏していた岩の隙間から抜け出る。

 少し目線を落とすと、毛むくじゃらの二本の前脚が見えた。
 これは魔物の肉体だ。
 正確には土狼という種類である。

 必要と思って昨晩のうちに用意したのだ。
 森の中には多数の土狼が生息するので、この一匹を殺害するのも容易だった。
 ちなみにこの肉体も既にアンデッドだが、昼間でも問題なく活動できる。

 魔物と動物の違いは、魔石の有無に尽きる。
 一般的に魔石を持つ魔物の方が体内の魔力量が多い。
 それに伴って肉体も強靭なものとなる。
 すなわち、土狼の死体は村人のそれよりも戦闘能力が高いのだ。

 どうしてそのような代物を用意したかと言えば、今回の"処理"にあたって必要と判断したのである。
 標的が標的なので、ただの村人の死体ではあっけなく倒されるだろう。
 奇襲に特化した土狼でなければならない。

 私は四足歩行で森の中を移動する。
 ほとんど獣道に近い悪路も、軽々と進んでいける。
 かつては魔物の肉体を使うことも多々あった。
 人型でいる時間よりも長かった時期さえある。
 狼の肉体運用も慣れたものだった。

 森をしばらく徘徊していると、前方に人間の姿を認める。
 開拓村にいた冒険者たちだ。
 私は草むらから様子を窺う。

 彼らは小休憩の最中のようだった。
 焚火を囲んで食事をしている。
 見張りを務める者もいるが、こちらには気付いていない。
 魔力を抑えて感知から逃れているのだ。

 彼らには何の罪もないが、ここで始末させてもらう。
 冒険者の遺品は金になるのだ。
 開拓村はまだまだ貧しい。
 蓄えがなければ、冬を越すのも苦労するほどであった。

 私は後脚で地面を蹴って跳躍する。
 ほとんど無音で冒険者たちに奇襲を仕掛けた。
 大きく前方に着地し、青いローブを着た女に跳びかかる。

「えっ、わぁっ!?」

 女は慌てて詠唱を始める。
 杖を持っているので魔術師か。

 詠唱には聞き覚えがあった。
 おそらくは初級の風魔術だろう。
 風の刃でこちらの切断を狙っている。
 この距離ならば外しようもない。
 土狼の身体なら、容易に断ち切れる。

 だが、発動はさせない。
 私は青ローブの懐に素早く潜り込み、その細い首に食らい付いた。
 そして、首を振って肉を噛み千切る。

「……、ぁっ!?」

 青ローブは、鮮血を撒きながら倒れた。
 彼女は宙を掻き、虚ろな目で起き上がろうとしている。
 致命傷だ。
 喉が破れているので詠唱もできない。
 声帯は詠唱魔術を用いる魔術師にとって弱点であった。

「テメェ……!」

 鬼気迫る激昂の声。
 長剣を持った戦士が斬りかかってくる。
 踏み込みからの鋭い一撃だ。

 これは、避けられない。
 そう判断すると同時に、脳天に刃が食い込んで頭蓋を粉砕した。
 そのまま斬撃が頭部を縦断するのを知覚する。
 視界がぶつりと暗転した。

「…………」

 私は自宅の椅子で目覚めた。
 軽く嘆息する。

 鮮やかな剣捌きだった。
 魔物の討伐に慣れているようだ。
 冒険者の中でも中堅層だろう。

 いくら土狼の肉体を使っても、正攻法では勝てる道理もない。
 相手は魔物退治が専門なのだから。
 武人ですらない私が対抗すること自体、おこがましいと言えよう。

 もっともそれは、私が真っ当な戦いを挑んだ場合に限る。
 これは決闘ではない。
 仁義も誇りもなく、ただ効率的で確実な"処理"を行うことが私の目的であった。

 私は再び死霊魔術を行使する。
 肉体が切り替わった。

 視界に広がるのは、覆い重なる木の葉の群と、その隙間に覗く夜空。
 私はむくりと起き上がって身体を確認する。

 小柄で華奢な体躯。
 鮮血で汚れた青いローブ。
 首元に触れると、骨に達するほど深く抉れていた。

 術式は問題なく起動したようだ。
 動作面も十分である。
 私は垂れ下がった前髪を掻き上げて後ろへ流す。
 指を這わせて、腰に吊るしたナイフを手に取った。

 目の前には、先ほど戦ったばかりの冒険者達がいる。
 彼らはこちらを見て驚愕した。

「なっ!?」

「う、嘘だろ……」

「まさか、死んだはずじゃ……!」

 死んだ仲間が急に起き上がったのだから、そういった反応も当然か。
 動転する彼らをよそに、私はゆらりと歩み寄る。

 開拓村に来なければ、このような悲劇に見舞われなかったのに。
 彼らの運命を憐れみながら、私はナイフを手に襲いかかった。
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