第20話 死霊術師は冒険者を治療する
文字数 3,140文字
夕食の炒め物を食べ進めていると、出入り口の扉が叩かれた。
扉の向こうから村人の声が聞こえてくる。
「先生、ちょっと手を貸してくれ! 怪我人がいるんだ!」
かなり切羽詰まっている様子だ。
姿を見ずとも動転しているのが分かった。
このタイミングでの怪我人なので、それが誰なのかは予想がつく。
ただ、医者としての私は、それを知らない体で振る舞わねばならない。
うっかり口を滑らせないように気を付けなければ。
肝に銘じながら、私は扉を開ける。
そこには大勢の村人がいた。
彼らが囲むのは手負いの冒険者たち。
先ほどまで人工迷宮にいた面々である。
負傷した冒険者たちが村に戻ってきた場合、真っ先に私のもとへ連れて来られるのは予想の範疇であった。
現状、私は村で唯一の回復魔術の使い手だ。
彼らに治療を施すには必須の技能となる。
村人の一人が私に説明する。
「この人たちは冒険者だ。森に迷宮ができていて、そこの魔物にやられたらしい。とても信じられないが、本当のことだそうだ」
「そうですか。詳しい事情は後で聞きます。今は治療を優先しましょう。こちらへ入ってください」
私は冒険者たちを隣の診療所へ招き入れる。
他の村人たちはそれとなく帰らせた。
手伝おうとする者はいたが、別に必要ない。
たかだか八人だ。
私だけで手は足りている。
診療所のベッドに冒険者たちを横たわらせた。
すぐにベッドが血で汚れる。
傷の処置もそこそこに逃げ帰ってきたようだ。
それだけ迷宮を危険視しているということか。
彼らとしては、一刻も早く離れたいものだったのかもしれない。
「すまねぇな……こんな時間に」
軽傷の剣士が謝る。
彼らは折れた片腕を庇うようにして横になっていた。
「いえ、お気になさらないでください。これも医者の務めですから」
私はそう言いながら、冒険者たちの容態を順に確認していく。
治療のために装備を外すように指示も出した。
そうして調べたところ、冒険者のうち半数以上が中程度の負傷だった。
あの激戦を潜り抜けたにしてはよく持ち堪えた方だろう。
ただし、前衛の斧持ちだけは今にも死にそうな怪我を負っている。
骨片が鎧を貫通して身体を引き裂いているのだ。
いくつかの臓器が破れている。
その気になれば治せるが、あまりに効果の高い回復魔術を見せると怪しまれる可能性がある。
ここは治療の甲斐なく死んだということにした方が良さそうだ。
私はあくまでも開拓村に暮らすただの医者である。
出過ぎた真似はすべきではない。
他の者は裂傷や骨折などが多かった。
そして全員がアンデッドの猛毒に蝕まれていた。
回復魔術やポーションで応急処置をしているようだが、毒素が抜け切っていない。
私がそのように調整したのだから当然だ。
生かさず殺さずを念頭に置いて用意したのである。
それでも根本的な解毒をせずに放っておけば、いずれ死に至る程度の症状となっている。
「気を付けてくれ。毒を浴びたんだ」
「毒ですね。分かりました」
冒険者は律儀に注意してくれる。
不用意に触れると、私まで毒に侵されてしまうからだろう。
私は薬品棚を漁り、解毒用のポーションを配った。
動けない斧持ちは、頭を持ち上げて飲ませる。
アンデッド専用のものではないが、幾分かの効果はある。
体調も自覚できる程度には改善される。
「ところで、一体何があったのですか」
冒険者が落ち着いたのを見計らって、私は白々しくも質問する。
彼らの身に起きたことは把握しているが、訊いておいた方が自然だと思ったのだ。
深夜に負傷した冒険者が駆け込んできたのだ。
多少なりとも興味がある素振りは見せるべきだろう。
下手に怪しまれても困る。
私の質問に対し、魔術師が神妙な面持ちで答える。
「森の中に、迷宮を見つけたんだ。そこには大量のアンデッドがいてな……厄介なことに破裂して毒を飛ばしてくるんだ。あそこまで悪質なアンデッドは滅多にいない」
「その毒を受けてしまったのですね」
「ああ。戦闘能力はそこまで高くなかったが、じわじわと追い詰められた挙句、仲間を二人も失ってしまった。身の安全を優先して、遺体を連れて帰ることすらできなかったんだ……」
弓使いの男が歯噛みして呟く。
その双眸には、強い憎悪が込められていた。
アンデッドに向けられたものである。
話を聞いた私は彼らに頭を下げる。
「そうだったのですか。無遠慮な質問をしてしまい、申し訳ありません」
「先生が謝ることはないさ。こうして治療してくれているんだ。感謝しているよ」
素手の男が苦笑しながら言う。
どうやら本心のようだった。
彼らも冒険者だ。
仲間の死や過酷な戦いは何度も味わっているだろう。
傷付いているようだが、立ち直れないほどではなさそうだった。
私が迷宮を作製したと知ったら、果たして彼らはどういった反応をするのか。
少し興味が湧いた。
しかし、実行に移すわけにもいかない。
想像するだけに留めておこう。
そんな中、視線を感じた。
杖と鎌使いの冒険者が、こちらをじっと見つめている。
赤髪を肩で切り揃えた美女だ。
彼女は渡したポーションに口を付けず、熱を帯びた目を私に向けていた。
「どうかされましたか」
「いや……何も」
私がそう尋ねると、彼女はふいと視線を逸らした。
それきり何も話さなくなる。
他の冒険者たちが特に訝しがることもなかった。
元より積極的に話す性質ではないのかもしれない。
その後は何事もなく治療を進めていった。
ほとんどの冒険者が満足に動けるようになったが、解毒はまだ完全に済んでいない。
数度に分けてポーションを摂取させて、段階的に解毒する手筈となった。
完治に二日かはかかる計算である。
もちろんわざとだ。
本気なら回復魔術で即座に解毒できる。
それをしないのは、ひとえに怪しまれないためだ。
アンデッドの猛毒を片手間に治療できる人間など滅多にいない。
なるべく目立つことは避けたかった。
その日の深夜に斧持ちは死んだ。
出血多量とアンデッドの毒が原因だった。
仲間たちは悲しみに打ちひしがれた。
自身の無力さを恨み怒る者もいた。
かつて何度も目にしてきた光景だ。
私が経験したことでもある。
この世界では珍しくないことだ。
死は身近に寄り添っている。
ふとした拍子に連れ去られるのだ。
夜も明けないうちに、斧持ちは村の墓場に埋葬された。
村人たちにも協力してもらった。
即席の墓を前に、冒険者たちは泣き崩れていた。
斧持ちの遺品を抱いて嗚咽している。
そんな彼らを私は遠目に眺めていた。
冒険者たちには、落ち着いたら診療所に戻るように伝えてある。
彼らもまだ患者だが、今はそっとしておこう。
心の治療は私の専門外であった。
私は踵を返して自宅を目指す。
テテの様子を見に行かなくてはならない。
迷宮内で初めて戦闘が行われたのだ。
彼女も侵入者には気付いているはずなので、事の顛末くらいは伝えた方がいいだろう。
ついでにアンデッドの修復と補充も行いたい。
今回、冒険者たちによって結構な数を破壊されている。
いくつか改善点も見つかったので、その辺りも含めて迷宮を見直そう。
医者と死霊術師の顔を持つ私に休む暇などなく、それを必要ともしていなかった。
扉の向こうから村人の声が聞こえてくる。
「先生、ちょっと手を貸してくれ! 怪我人がいるんだ!」
かなり切羽詰まっている様子だ。
姿を見ずとも動転しているのが分かった。
このタイミングでの怪我人なので、それが誰なのかは予想がつく。
ただ、医者としての私は、それを知らない体で振る舞わねばならない。
うっかり口を滑らせないように気を付けなければ。
肝に銘じながら、私は扉を開ける。
そこには大勢の村人がいた。
彼らが囲むのは手負いの冒険者たち。
先ほどまで人工迷宮にいた面々である。
負傷した冒険者たちが村に戻ってきた場合、真っ先に私のもとへ連れて来られるのは予想の範疇であった。
現状、私は村で唯一の回復魔術の使い手だ。
彼らに治療を施すには必須の技能となる。
村人の一人が私に説明する。
「この人たちは冒険者だ。森に迷宮ができていて、そこの魔物にやられたらしい。とても信じられないが、本当のことだそうだ」
「そうですか。詳しい事情は後で聞きます。今は治療を優先しましょう。こちらへ入ってください」
私は冒険者たちを隣の診療所へ招き入れる。
他の村人たちはそれとなく帰らせた。
手伝おうとする者はいたが、別に必要ない。
たかだか八人だ。
私だけで手は足りている。
診療所のベッドに冒険者たちを横たわらせた。
すぐにベッドが血で汚れる。
傷の処置もそこそこに逃げ帰ってきたようだ。
それだけ迷宮を危険視しているということか。
彼らとしては、一刻も早く離れたいものだったのかもしれない。
「すまねぇな……こんな時間に」
軽傷の剣士が謝る。
彼らは折れた片腕を庇うようにして横になっていた。
「いえ、お気になさらないでください。これも医者の務めですから」
私はそう言いながら、冒険者たちの容態を順に確認していく。
治療のために装備を外すように指示も出した。
そうして調べたところ、冒険者のうち半数以上が中程度の負傷だった。
あの激戦を潜り抜けたにしてはよく持ち堪えた方だろう。
ただし、前衛の斧持ちだけは今にも死にそうな怪我を負っている。
骨片が鎧を貫通して身体を引き裂いているのだ。
いくつかの臓器が破れている。
その気になれば治せるが、あまりに効果の高い回復魔術を見せると怪しまれる可能性がある。
ここは治療の甲斐なく死んだということにした方が良さそうだ。
私はあくまでも開拓村に暮らすただの医者である。
出過ぎた真似はすべきではない。
他の者は裂傷や骨折などが多かった。
そして全員がアンデッドの猛毒に蝕まれていた。
回復魔術やポーションで応急処置をしているようだが、毒素が抜け切っていない。
私がそのように調整したのだから当然だ。
生かさず殺さずを念頭に置いて用意したのである。
それでも根本的な解毒をせずに放っておけば、いずれ死に至る程度の症状となっている。
「気を付けてくれ。毒を浴びたんだ」
「毒ですね。分かりました」
冒険者は律儀に注意してくれる。
不用意に触れると、私まで毒に侵されてしまうからだろう。
私は薬品棚を漁り、解毒用のポーションを配った。
動けない斧持ちは、頭を持ち上げて飲ませる。
アンデッド専用のものではないが、幾分かの効果はある。
体調も自覚できる程度には改善される。
「ところで、一体何があったのですか」
冒険者が落ち着いたのを見計らって、私は白々しくも質問する。
彼らの身に起きたことは把握しているが、訊いておいた方が自然だと思ったのだ。
深夜に負傷した冒険者が駆け込んできたのだ。
多少なりとも興味がある素振りは見せるべきだろう。
下手に怪しまれても困る。
私の質問に対し、魔術師が神妙な面持ちで答える。
「森の中に、迷宮を見つけたんだ。そこには大量のアンデッドがいてな……厄介なことに破裂して毒を飛ばしてくるんだ。あそこまで悪質なアンデッドは滅多にいない」
「その毒を受けてしまったのですね」
「ああ。戦闘能力はそこまで高くなかったが、じわじわと追い詰められた挙句、仲間を二人も失ってしまった。身の安全を優先して、遺体を連れて帰ることすらできなかったんだ……」
弓使いの男が歯噛みして呟く。
その双眸には、強い憎悪が込められていた。
アンデッドに向けられたものである。
話を聞いた私は彼らに頭を下げる。
「そうだったのですか。無遠慮な質問をしてしまい、申し訳ありません」
「先生が謝ることはないさ。こうして治療してくれているんだ。感謝しているよ」
素手の男が苦笑しながら言う。
どうやら本心のようだった。
彼らも冒険者だ。
仲間の死や過酷な戦いは何度も味わっているだろう。
傷付いているようだが、立ち直れないほどではなさそうだった。
私が迷宮を作製したと知ったら、果たして彼らはどういった反応をするのか。
少し興味が湧いた。
しかし、実行に移すわけにもいかない。
想像するだけに留めておこう。
そんな中、視線を感じた。
杖と鎌使いの冒険者が、こちらをじっと見つめている。
赤髪を肩で切り揃えた美女だ。
彼女は渡したポーションに口を付けず、熱を帯びた目を私に向けていた。
「どうかされましたか」
「いや……何も」
私がそう尋ねると、彼女はふいと視線を逸らした。
それきり何も話さなくなる。
他の冒険者たちが特に訝しがることもなかった。
元より積極的に話す性質ではないのかもしれない。
その後は何事もなく治療を進めていった。
ほとんどの冒険者が満足に動けるようになったが、解毒はまだ完全に済んでいない。
数度に分けてポーションを摂取させて、段階的に解毒する手筈となった。
完治に二日かはかかる計算である。
もちろんわざとだ。
本気なら回復魔術で即座に解毒できる。
それをしないのは、ひとえに怪しまれないためだ。
アンデッドの猛毒を片手間に治療できる人間など滅多にいない。
なるべく目立つことは避けたかった。
その日の深夜に斧持ちは死んだ。
出血多量とアンデッドの毒が原因だった。
仲間たちは悲しみに打ちひしがれた。
自身の無力さを恨み怒る者もいた。
かつて何度も目にしてきた光景だ。
私が経験したことでもある。
この世界では珍しくないことだ。
死は身近に寄り添っている。
ふとした拍子に連れ去られるのだ。
夜も明けないうちに、斧持ちは村の墓場に埋葬された。
村人たちにも協力してもらった。
即席の墓を前に、冒険者たちは泣き崩れていた。
斧持ちの遺品を抱いて嗚咽している。
そんな彼らを私は遠目に眺めていた。
冒険者たちには、落ち着いたら診療所に戻るように伝えてある。
彼らもまだ患者だが、今はそっとしておこう。
心の治療は私の専門外であった。
私は踵を返して自宅を目指す。
テテの様子を見に行かなくてはならない。
迷宮内で初めて戦闘が行われたのだ。
彼女も侵入者には気付いているはずなので、事の顛末くらいは伝えた方がいいだろう。
ついでにアンデッドの修復と補充も行いたい。
今回、冒険者たちによって結構な数を破壊されている。
いくつか改善点も見つかったので、その辺りも含めて迷宮を見直そう。
医者と死霊術師の顔を持つ私に休む暇などなく、それを必要ともしていなかった。