第34話 死霊術師は兵士を圧倒する

文字数 2,413文字

 調査隊は順調に前進していた。
 既にそれなりの量の素材を入手している。
 律儀なことに、出現する魔物の種類も逐一記録していた。

 彼らがいるのは中層の始まり付近だ。
 三グループすべてが同じような深さまで潜っている。
 調査隊は迷宮の全体像を知らない。
 余裕を持った戦いぶりを見るに、まだしばらくは進むつもりだろう。
 彼らの任務の都合上、少しでも内部構造を記録したいに違いない。
 稀少なアンデッドの素材に欲が出ている部分もある。

 ほぼ理想の状況だ。
 実験を行うのにちょうどいい。
 すぐに撤退されると性能が調べられないからだ。

 私は待機させていたアンデッドに命令して、調査隊へ突進させる。
 突如として轟く足音に調査隊は動揺する。
 彼らは慌てて盾を並べて待ち構えた。

 そこへ猛然と跳び込むのは、鹿のアンデッドだ。
 鹿のアンデッドは、凄まじい突進力で兵士の守りを粉砕した。
 さらには双角を振り乱して暴走する。

 兵士と騎士は、なんとか鹿のアンデッドを取り押さえて首を切断した。
 その間に怪我人の治療を行い、追撃を警戒しつつ、態勢を立て直している。

「ねぇ! あれは何なの!」

 テテが少し興奮気味に訊いてくる。
 彼女は観戦を楽しんでいるようだった。
 予想外の反応だが、決して悪くない。
 むしろ素晴らしい。
 悲観的になられると面倒だった。

「あれはアンデッド化させた野性の鹿を改良した個体だ。肉体強化に重点を置いたが、上手く適合したようだ」

 事実、あの突進力は侮れない。
 迷宮内のような回避困難で狭い場所だと無類の強さを発揮する。

 そして個人的には、ほどほどの強さに留まっている点が良い。
 調査隊に確実な損傷を与えながらも、大したしぶとさもなく倒された。
 突進力だけが取り柄で、減速した時点で脅威度が下がるのだ。
 迷宮の魔物としてはちょうどいい塩梅である。

 調査隊は再び前進する。
 負傷者は回復魔術で治癒させたようだ。
 腕のいい術師がいるようで、怪我も完治させていた。

 私はそこへ散発的に鹿のアンデッドを送り込む。
 一気に仕掛けると調査隊が瓦解するので、単体での投入に留めておく。

 数度の戦闘を経て、調査隊はだんだんと対応力が上昇しつつあった。
 魔術も用いることで効率よく迎撃している。
 最終的には怪我人を無くしての討伐にまで至った。

「たくさんやられちゃったけどいいの?」

「ああ、問題ない」

 調査隊にまだ余裕がありそうなので、次のアンデッドを投入することにした。

 今度は数も多く、種類もなかなかに豊富だ。
 麻痺毒を詰めたゴブリンと土狼から始まり、天井から蛇のアンデッドを落とし、怨霊に憑りつかれたゴブリンも突撃させる。
 どれも一筋縄ではいかない個体ばかりである。
 対処を誤れば痛打を受けることになるだろう。

 さらに、それらのアンデッドに紛れてルシアも登場した。
 彼女は黒いローブで風貌を隠し、迷宮の闇の中を疾走する。
 なかなかの身のこなしだ。
 加えて調査隊の死角を意識して動いている。

「ルシアだわ! ルシアがいるっ!」

 見知った顔を発見したテテは、大いに盛り上がる。
 ローブを着ているのによく分かったものだ。
 意外にもテテの観察力は優れているようであった。

 ルシアは他のアンデッドに紛れて調査隊を強襲する。
 実に良いタイミングだった。
 細かな指示は出していなかったが、上手く攻撃を仕掛けられたようだ。

 さすがは元冒険者。
 戦闘の勘には目を見張るものがある。
 吸血鬼となったことで、その感覚はより研ぎ澄まされたらしい。

 一方で調査隊は、特殊なアンデッドの登場に戦線を崩されていた。
 明らかに対応が追いついていない。
 全滅しないまでも、数に圧倒されてしまっている。
 聖魔術も活かしきれていない。
 同時にすべき対処が多すぎて、魔術師の手が回っていないようだった。

 ルシアはその中で兵士を掴み倒し、調査隊の陣形から引きずり出す。
 そのまま邪魔の入らない位置まで移動すると、鎧を剥がして吸血を始めた。

 血を吸い尽くされて絶命した兵士は、干からびた状態で起き上がる。
 虚ろな目の兵士は、獣のような動きで調査隊に襲いかかる。
 吸血鬼の特性で眷属のアンデッドに仕立て上げたらしい。
 下位のアンデッドだが、役には立つだろう。

 ルシアはその調子で計三人の兵士を吸血し、眷属を生み出した。
 その頃には、生き残りの調査隊は撤退を始めていた。
 魔術による徹底した妨害を施して、大急ぎで地上へと戻っていく。

 他のグループも同じような結末を辿っていた。
 半壊した状態での撤退だ。
 結局、調査隊の生き残りは十五人で、半分以下にまで減らした形となる。
 迷宮の外へ飛び出した彼らを見送ってから、私は視界を元に戻した。

「最後は一方的だったけれど……あれでいいの?」

「いや、やりすぎてしまったな。反省点だ」

 生き残りはもう少し多めにするはずだったのだが、手加減するタイミングを見誤った。
 仕方あるまい。
 後悔したところで結果は変わらないのだ。
 加減が難しいのは、事前に分かっていたことであった。

 生き残りの調査隊は、それなりの素材を持ち帰っている。
 迷宮の価値を知らしめるという最低限の目的は達成されていた。
 あとはどの程度の人気が出るかが問題である。
 こればかりは祈るしかない。

 さて、ほどなくして調査隊の生き残りが村の診療所に駆け込んでくるはずだ。
 この時間帯に居留守を使うわけにもいくまい。
 彼らの中にはアンデッドの毒を浴びた者もいる。
 早急な処置が必要だろう。

 戦闘の後始末を手早く済ませて、いつでも迎えられるようにしなければ。
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