第2話 死霊術師は少女と薬草を集める

文字数 3,243文字

 翌日、ザルフが失踪したという噂が広がり、ちょっとした騒ぎになっていた。
 何者かの報復で殺されたのだという意見が有力だった。
 彼の自宅にあった多量の血痕が、その説の後押しをしているそうだ。

 ザルフの安否を気にする者は少数派であった。
 むしろ、いなくなって良かったと公言する者までいる。
 日頃の行いが如実に表れたと言えよう。

 昨晩に出たもう一人行方不明者についても、似たような憶測が飛び交っていた。
 彼はザルフほど嫌われていなかったが、かと言って皆から好かれていたわけでもなかったらしい。

 この二人が争い、どちらか一方が殺害されたのだという声もあった。
 両者の家が近いので、不自然な話でもないだろう。
 夜間に鉢合わせることもあるかもしれない。

 何はともあれ、二人の失踪は村人たちの間で少なからず噂になっていた。

 午前中の診療でそういった話を耳にしつつ、私はいつも通りの生活を送っている。
 特に思うところもない。
 ああいった"処理"は昨晩で十四度目だ。
 この村に来てから三十一日が経過したので、だいたい二日に一度くらいのペースになる。

 既に手慣れたものであった。
 今回は途中で私の姿を目撃されてしまったものの、その始末もできたので問題ない。
 村の体制に影響もなさそうだった。

 そう、私はこの開拓村をより良いものにしていきたい。
 持てる力を尽くして、陰ながら貢献する所存だった。

 診療を終えた私は、自宅に戻って昼食の準備を行う。
 今日は近所の狩人から貰った肉でステーキを作ることにした。
 うろ覚えの知識を活用し、時間をかけながらもなんとか完成させる。

 肉汁を滴らせる分厚いステーキは、見栄えだけなら悪くなかった。
 それを木の皿に載せて、ナイフで切り分けてから口に運ぶ。

「…………」

 無言で咀嚼、そして嚥下する。
 それを一定のテンポで繰り返していった。

 鼻腔を抜ける独特の獣臭さ。
 じんわりと滲むように血の味もした。
 味付けを忘れたので、素材本来の味しかしない。
 肉自体も変に筋張っている。

 端的に述べると不味い。
 ただ、食べられないほどではなかった。

 私は味に頓着しない性質だ。
 これくらいなら許容範囲であった。
 肉をくれた狩人に感謝しながら、手製のステーキを完食する。

 そうして皿の片付けをしていると、玄関扉がノックされた。
 午後は診療の予定もなかったはずだが。
 無表情から微笑へと顔を動かしつつ、私は扉を開ける。

 そこに立っていたのは、快活な印象を受ける長身の少女だった。
 彼女の名前はリセナ。
 近くの農家の娘で、なぜか私に懐いている。
 こうして私の家を訪れては、何かと世話を焼いてくれる優しい少女だ。

 リセナは後ろで手を組みながら、ちらりと私の顔を窺う。

「こんにちは、先生。午後から薬草を取りに行かれると聞いたので、よかったらご一緒したかったのですけど……ダメですかね?」

 開拓村での私の立ち位置は医者だった。
 薬草を用いた各種ポーションの調合も役割の一つである。
 今日は材料を採りに行く予定だったが、それを誰かから聞き付けたらしい。

「もちろん構わないよ。手伝ってもらえるなら嬉しい」

 私が穏やかに答えると、リセナはパッと顔を輝かせた。

「ありがとうございます! じゃあ、すぐに出発の準備をしてきますねっ」

 彼女は早口で喋りながら、自宅へと軽やかに走り去っていった。

 活発な若者だ。
 微笑ましさもある。
 リセナはいつもあのような調子だった。
 見ているこちらまで元気になれる。

 準備を済ませたリセナが戻ってきたところで、私達は村の近くの森へと向かった。
 ここは自警団と狩人達が定期的に踏み込んでおり、狩りのついでに危険な動物や魔物を倒している。
 彼らの努力によって、森の外縁部は安全が保たれていた。
 無闇に奥へ進みさえしなければ、何かに襲われることもない。

「さて! 頑張って採取していきましょう!」

「そうだね。よろしく頼むよ」

「任せてください! こういう作業は得意ですからね」

 張り切るリセナは、森に着くなり薬草を豪快に毟り取っていく。
 それを彼女は、持参の袋に詰めていった。

 採取の仕方が粗い上にただの雑草も混ざっているが、それらは後でチェックすればいい。
 奮闘するリセナに水を差す真似をしたくなかった。
 薬草の調整などいくらでもできるのだから。
 こうして手伝ってくれるだけでも十分に助かっている。

 それからは、リセナとの談笑を楽しみながら薬草を採取していった。
 彼女の切り出す話題は多種多様だ。
 最近の作物の調子だったり、村の友人との流行りだったり、作った料理のことなど内容に事欠かない。
 時にこぼされる愚痴には、共感を示す相槌を打つ。
 適切であろう反応を考えながら、私は彼女との会話を満喫する。

 終始、リセナは楽しそうだった。
 話好きなのだろう。
 そして饒舌に語りながらも、聞き手である私の様子を観察している。
 ただ自己満足で喋り通すのではなく、相手のことを考えている証拠だった。
 彼女の年代にしては珍しいほどに聡明である。

 日が暮れてきたので、私達は村へ戻ることにした。
 目当ての薬草はしっかりと採取できている。
 良質なポーションを作成できるだろう。

 リセナの自宅前で、彼女から薬草入りの袋を受け取る。
 私は頭を下げて礼を言う。

「ありがとう。助かったよ」

「いえいえ、無理を言って同行したのは私ですから! 少しでもお力になれたのなら良かったです!」

 リセナは明るく可憐な笑みを見せる。
 夕日に照らされる彼女の横顔は、仄かに紅潮していた。

 少しの間を挟んで、リセナは自宅の扉に触れる。

「では、そろそろ夕食の支度をしないといけないので……」

「うん。時間を取らせて悪かったね」

「先生のためなら安いものですよ! それでは、ありがとうございました! 失礼しますっ」

 最後の方はやや早口になりながらも、リセナは自宅へ入っていった。
 それを見送った私は自分の家を目指して歩き出す。

 夕闇の迫る中、私は自宅に到着した。
 すぐに戸締りをして、室内をゆっくりと巡回する。
 特に侵入された形跡はなかった。

 万が一の場合を考慮して、こういった習慣をつけている。
 もっとも、誰かが勝手に入り込んだことなどなく、ほとんど杞憂に過ぎないのだが。
 開拓村の治安はそれほど悪いものでもなかった。

「…………」

 右腕に僅かな違和感。
 袖をまくって確かめると、皮膚に水膨れができていた。
 爪で削ると剥がれる。
 そこだけが青く変色していた。

 防腐処理が必要なサインだ。
 消臭加工も施すべきかもしれない。
 いっそ他の維持系統も見直した方が良いか。

 これらを怠ると、肉体はアンデッドの性質を露わにする。
 私の生死には直結しないが、村人に正体が発覚するのは困る。
 取り返しのつかない部分なので、今後は注意しよう。

 私は維持系統の死霊魔術で肉体を調整する。
 腕の皮膚は元通りに修復された。
 これでしばらくは問題ない。

 私は椅子に座り、じっと夜を待つ。
 日没も間際といった時間帯だが、まだ活動するには早すぎる。
 できるだけ目立たないようにしたかった。
 窓の外に目を向けながら、私は今宵の標的に想いを馳せる。

 この開拓村は素晴らしい場所だ。
 発展と維持に携われるのなら、これほど幸せなことはない。

 だが、世の中は綺麗事だけでは回らない。
 故に私は汚い部分を背負う。

 村にとって不利益となる存在を独断で排除すること。
 死霊術師である私が、自らに課した役目であった。
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