第46話 死霊術師は聖剣を目にする

文字数 2,092文字

 レリオット一行は何事もなく上層を突破した。
 彼らは聖なる力を振り撒きながら迷宮を下っていく。
 おかげでそれなりの被害が出ていた。
 彼らの通った箇所は、しばらくアンデッドが活動しづらい環境となっている。

 もっとも、その程度は許容範囲だ。
 仕方のないことである。
 相手は剣聖と聖騎士なのだ。
 これくらいの被害が出ることは承知の上であった。

 多数のアンデッドが討伐された甲斐もあり、聖騎士たちは僅かに消耗している。
 彼らは常に聖魔術を行使してきた。
 聖水や魔力回復のポーションを使用しているが、疲労は誤魔化し切れない。

 彼らが休息を取ろうとするたびに、アンデッドが襲いかかっていた。
 そのため一行は強行軍を強いられている。
 休めない以上は進むしかない。
 短期決戦に持ち込む算段だろう。

 アンデッドを動かしているのは居住区のテテだが、非常に上手くやっている。
 常に攻撃を行うことで聖騎士たちを消耗させていた。
 こちらの強みは、膨大な数と疲労を知らないアンデッドである点だ。
 それらを最大限に活用している。
 文句ない戦果だ。

 中層以降の指示もテテに一任するつもりだった。
 不具合があれば代わるつもりだったが、彼女は最上の結果を出してくれた。
 この戦いが終わり次第、可能な範囲の要求を叶えよう。

 テテは優秀な協力者である。
 リッチになった以上、長い付き合いになる。
 なるべく快適な環境で働いてもらいたい。

 中層に至ったレリオット一行は、さらなる激戦を繰り広げていた。
 ここからは上層と違って厄介なアンデッドが増える。
 毒持ちは当たり前で、強靭な魔物を素体とした合成アンデッドも登場する。
 死霊魔術を利用した罠も少なくなかった。

 これらの特徴により、冒険者は上層より中層で死ぬ者の方が圧倒的に多い。
 それに見合う儲けが出るように調整しているが、実力を伴わない者が欲を出して飛び込んでくるのだ。

 魔術もより重要な存在になる。
 周辺の浄化を怠れば、霊手が妨害を行うからだ。
 戦闘中に手足を掴まれれば、たちまち致命傷に繋がってしまう。
 毒を防ぐのにも魔術を多用し、光源も魔術が望ましい。
 怪我の治癒はポーションで代用できるものの、それも有限である。

「浄化が切れそうだ! 聖魔術をかけ直してくれッ」

「待て! 回復魔術が先だ!」

「くそ、際限なく出てきやがる! どうなっているんだ!?」

 聖騎士たちは苦戦していた。
 百戦錬磨の実力者でも、一切の休みなく戦い続けているのだから当然だろう。
 おまけに戦闘は迷宮を下りるごとに厳しくなる。
 心身の疲労は計り知れない。

 本来なら彼らは大人数で交代しながら戦うべきだ。
 そうやって順番に体力回復を図れば、一人あたりの損耗は抑えられる。
 レリオットがそれをせずに少数精鋭で迷宮攻略を行うのは、ひとえにここがアンデッドの迷宮だからだろう。

 ここは瘴気の蔓延した異常空間だ。
 死者はアンデッドとして蘇る。
 そのような環境で、もし大勢の聖騎士が死ぬようなことがあれば、たちまちアンデッドは急増する。
 戦線は一気に崩壊し、迷宮の攻略どころではなくなってしまう。
 それを見越したレリオットは、参加人数を絞ってやって来たに違いない。
 最悪のリスクだけは避けられるからだ。

 もっとも、休息すら覚束ないほどのアンデッドが襲ってくるとは予想外だったろう。
 現在の迷宮は他に人間もいないので、残存する戦力を惜しみなく投入している。
 平常時の迷宮とは段違いの難度であった。

「皆、互いの背中を守るように立ち回るんだ! 一気に切り抜けるぞ!」

 苦戦の続く状況を見て、さすがにレリオットも参戦していた。
 彼は白光を纏う剣を振るう。
 そこへ鹿のアンデッドが突撃した。
 突き上げるような双角を躱して、レリオットはすれ違う。

 停止しようとした鹿の首が転げ落ちた。
 鹿は切断面から白炎が上げて朽ちてゆく。

 その後もレリオットは、鮮やかな動きでアンデッドを殲滅していった。
 見事な太刀筋だ。
 目にも留まらない速度である。
 私ではまず反応できない。

 しかも、あの武器は聖剣だ。
 世界の祝福と古代の聖魔術で構成された魔術武器である。
 現代では再現不可能と言われる最高峰の遺物だった。

 対アンデッドにおいて、あれ以上の武器はない。
 まさか今代の剣聖が所持していたとは。
 抜群の相性であろう。

 テテやルシアがあれで斬られると少しまずい。
 箇所によっては即死する。
 あれは上位アンデッドすら滅ぼす退魔の武器なのだ。
 彼女たちでは耐え切れない。

 その時、迷宮内が暗闇に包まれた。
 聖騎士たちの展開する魔術の光も消失する。

 魔術の光をも塗り潰す闇魔術だ。
 ただのアンデッドには使えない代物である。

 僅かに動揺する聖騎士たちの後方に、私は蠢く人影を発見した。
 鎌を携えて暗闇を駆けるのは、吸血鬼ルシアだった。
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