第24話 死霊術師は提案を受け入れる

文字数 2,026文字

 ルシアの要望に驚きは無かった。
 不老不死のアンデッドになりたいという想いは、別段珍しいものではない。
 古今東西、様々な人間が願ってきたことだ。

 どれだけ莫大な財を築こうとも、人間である以上は死という概念からは逃げられない。
 故に人間を捨てようとする輩が現れる。

 幸か不幸か、この世界には不老不死へ至るための手段がいくつもあった。
 その中でもアンデッド化は、有名かつ多用される部類の一つだ。
 他の手段に比べると実行に際する準備が容易く、成功率もそれなりに高い。
 強大な力を有する高位アンデッドを目指すとなれば話は違ってくるが、単に不老不死の獲得だけなら実現も難くない。

 実際、私ならば簡単に実行可能だった。
 片手間にでもルシアを最高位のアンデッドに変異させられる。
 代償として彼女の精神が破壊される上、周辺一帯が瘴気で汚染されるので絶対に実行しないが。
 開拓村が不毛の土地となっては本末転倒である。
 強大すぎるアンデッドは、人間とは決定的に相容れないのだ。

 ルシアはどこか吹っ切れた表情で語る。

「あたしは、人間として暮らすことに嫌気が差していた。人間は窮屈だ。魔物を殺し続けることで誤魔化しているが、そろそろ限界でね。今の身分を捨てて自由に暮らしたい」

「君の人生はまだ長い。他の楽しみを探すこともできるのではないか」

「いいや、もう駄目なんだ。あたしは耐えられない……あんた、元人間だろう? アンデッドになる方法を知っているはずだ。或いはその方法を使えるに違いない。どんな見返りでも払う。あたしをアンデッドにしてくれ」

 ルシアは真剣な面持ちで懇願する。
 今にも詰め寄らんばかりの雰囲気があった。
 長年、思い悩んでいるのだろう。
 もはや本能に近い衝動である。
 それを楽しめる心の底から肯定して楽しめるなら良いが、彼女の場合はそういうわけでもないらしい。

 私は顎を撫でつつ思案する。

 彼女はどんな見返りでも払うと言った。
 今の私は、開拓村をよりよくすることが至上の目的である。
 ルシアを利用するのはいいかもしれない。

 彼女は中堅以上の冒険者だ。
 人工迷宮での戦闘も見たが、なかなかの腕前を持っている。
 近接戦闘なら、あのパーティの中でも随一の実力だろう。
 杖を媒体とした魔術も扱える。
 純粋な戦闘技術で比較した場合、私などよりも遥かに強い。

 それを抜きに考えても、意思のある協力者は貴重な存在であった。
 テテの時と同様だ。
 優秀な人材の確保は、私の死霊魔術ではどうしようもない部分だ。

 精神魔術の洗脳が扱えれば即座に解決するが、生憎と私は使えない。
 加えて私は会話能力が優れておらず、人格的な魅力にも乏しい。
 協力者を得る機会は滅多に巡って来ない。

 その点、ルシアはアンデッドになりたい願望が強い。
 切実な想いが窺えた。
 彼女の中で既に考えは固まっているのだろう。
 もしかすると、もう何年もアンデッド化の手段を探しているのかもしれない。

 私はルシアの目を見て告げる。

「君をアンデッドにすることは可能だ。ただ一つ、条件がある」

「何だ。できる範囲で応えよう」

「迷宮の守護者の一員となってほしい」

「守護者、だと……!?」

 想定外といった表情で驚くルシア。
 私は構わず話を続ける。

「アンデッドとして、迷宮に侵入する冒険者を殺し続けるのが仕事だ。見聞きしたことを洩らさず、ひたすら魔物に徹してもらう。それ以外の制約はない」

「もしかして、あんたは迷宮の主なのか。なぜ平然と外に……」

 ルシアは呆然とした様子でたじろぐ。
 私が迷宮の関係者というところまでは勘付いたようだが、まさかそこを統べる者とは思っていなかったようだ。
 気のせいか、少し恐れているようにも見える。

「どうだろう。アンデッドになれば、人間を捨てて迷宮の魔物として生きられる。君の殺人欲求も解消できる。外で自由に暮らせるわけではないが、窮屈さは無いだろう。悪い話ではないと思うが」

 もちろん私にとっても都合のいい話だ。
 自主的にアンデッド化した人間は、力が増す傾向にある。
 ルシアに関しては魂が汚染されているので、死霊魔術とも非常に相性が良い。
 強力な術式をも耐え、精神を保ったまま良質なアンデッドになれるだろう。

 逡巡するルシアに、私は最後の追い込みをかける。

「さぁ、どうする。私としては、君を始末してからアンデッドに仕立て上げてもいいんだ。できるだけ率先して協力してもらえるのなら嬉しい」

「……分かった。あんたの配下に下る。迷宮の魔物になって、冒険者を殺してみせよう。だ、だから……アンデッドにしてくれ」

「素晴らしい。良い返事が聞けて何よりだ。これからよろしく頼むよ」

 そう言って微笑んだ私は、ルシアの額に手を置いた。
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