第51話 死霊術師は奥の手を使う

文字数 2,018文字

 激戦の繰り広げられた最下層。
 その中心に剣聖レリオットが佇んでいた。

 彼のそばには、ばらばらになった三体の死骸騎士が転がっている。
 聖剣の力を芯まで受けたせいで、白煙を上げながら溶けていた。
 当分は再生できず、このまま滅びゆくだろう。

 死闘の末、レリオットはすべての死骸騎士を討伐した。
 だが、その代償は無視できないほどに大きい。
 彼は酷く疲労しており、肩で息をしている状態だった。
 鎧もあちこちが損傷して、血が滲んでいる。
 魔力も大きく減っていた。
 さすがの剣聖でもこれだけのアンデッドを相手にするのは厳しかったようだ。

「…………」

 レリオットは聖騎士の惨殺死体を一瞥する。
 彼は辛そうな表情を浮かべ、唇を噛む。
 ここでは弔う余裕すらない。
 表情を引き締めたレリオットは、片脚を引きずりながら歩き出す。
 彼は死骸騎士の間を抜けて、居住区に繋がる一本の通路へと進んだ。

 移動中、レリオットは剣聖を手に油断なく視線を動かす。
 全方向に神経を尖らせていた。
 新たなアンデッドの出現や罠の存在に気を付けているらしい。

 私は壁に埋め込んだアンデッドの目で観察する。
 この通路に罠はない。
 過剰に警戒するレリオットを見守るばかりであった。

 やがて通路の終わりが見えてきた。
 レリオットは殺気を抑え、静かな歩みで前進する。
 その足はついに居住区へと至った。

 適度な光量を確保された室内。
 利便性を考えて配置された調度品。
 生活感のある空間を前に、レリオットは目を丸くする。

 その奥には、テテとルシアがいた。
 二人とも緊張に満ちた表情だ。
 ルシアがテテを庇うように立っている。
 鎌を構えているが、あまりにも心許ない。

 負傷しているとはいえ、レリオットの戦闘能力は未だ高い。
 ルシアでは敵わないだろう。
 彼女もそれを分かった上で身構えている。

「ちょっ、なんでここまで来てるの……っ!? 絶対大丈夫だって聞いてたのに!」

「慌てるな……あたしが付いている」

 焦るテテをルシアが宥める。
 正面から本物の殺気を浴びるのだから、怯えてしまうのは分かる。
 テテにとっては初めての経験だ。
 ルシアも何度か交戦しているが故に実力差を痛感している。
 死の予感をひしひしと感じているに違いない。

 我に返ったレリオットは、昏い眼差しを二人に向ける。

「リッチと吸血鬼か。貴様らのどちらかが迷宮の主……いや、違う。どこにいる?」

「言うと思うか?」

 ルシアは吐き捨てるように答えた。
 レリオットはため息を吐く。

「答えないか――ならば、死ね」

「私を探しているのかな」

 レリオットが聖剣を引いたその時、私は声をかける。
 彼は攻撃を中断すると、瞬時に構え直して視線を巡らせた。
 そして、天井に張り付いたアンデッドの口に気付く。

「貴様が迷宮の主だな。卑怯者め、姿を現せッ!」

 私は返事代わりに死霊魔術を行使する。
 地面と壁と天井から無数の青白い手が伸びて、一斉にレリオットへと襲いかかった。

「くっ、この!」

 レリオットは聖剣で迎撃する。
 白光を纏う刃が青白い手に食い込むも、切断には至らない。
 柔らかな感触を以て跳ね返す。

「な、にっ!?」

 レリオットは驚愕する。
 その間に青白い手が殺到して彼の全身に巻き付いた。
 レリオットは必死に身動きを取ろうとするも、僅かに軋むばかりであった。
 拘束自体は少しも緩まない。

「霊手か!? いや、これだけ強靭なはずがない……ッ!」

「霊手に改良を施したものだ。速度と拘束力が段違いだろう。加えて聖魔術への耐性も高めている。たとえ聖剣でも容易に切断できない」

 これは剣聖対策に用意した罠の一つだった。
 予めこの居住区に仕掛けておいたのである。
 殺傷能力はないものの、動きを縛ることに関しては一級の性能だ。

 さらに私は死霊魔術を発動した。
 強化霊手が鎖状に形を変え、万力のようにレリオットを締め上げる。
 こうなればもはや自力での脱出は不可能だった。

 そういえば、かつてのクロムハート姓も同じ手段で拘束したことがあった。
 無意識だったが、剣聖の一族は同じ運命を辿るものらしい。

 動けなくなったレリオットが、天井の口を睨み上げる。

「呪縛陣の霊鎖!? この死霊術……まさか貴様は――ッ!」

「お喋りはそこまでだ。場所を移そう」

 私が告げると同時に、レリオットの足元が崩壊した。
 大きな穴が開き、霊鎖に絡まったレリオットはあえなく落下する。
 反響する声はすぐに聞こえなくなった。
 地面が蠢いて、彼の落ちた穴を隠す。

 剣聖の運命は定まった。
 今まではひたすら迷宮を壊されたが、形勢は完全に逆転した。
 ここからは、私の独壇場である。
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