第49話 死霊術師は最下層を傍観する

文字数 2,496文字

 階段に設置したアンデッドの眼球を使って、私は一行の様子を観察する。

 先頭のレリオットは軽傷だった。
 瘴気や呪いによる汚染はない。
 戦闘能力の低下は見られなかった。

 さすが剣聖と言うべきか。
 苦戦を強いられながらも、仲間の分まで奮闘していた。
 彼の魔力の残量には余裕があり、疲労もあまり見られない。
 加えて聖剣の力がある。
 窮地からでも、土壇場で巻き返す可能性が考えられた。
 決して油断できない。

 四人の聖騎士も、大怪我をしている者はいなかった。
 取り巻きの中でも、特に高い実力を持った者たちが生き残っている。
 ただし、彼らは極度の疲労を露わにしていた。
 ここまでほとんど休みなしで戦ってきたのだ。
 魔力も枯渇寸前だった。

 瘴気や呪いの影響も少なからず見られる。
 それらの処置を行う余裕すらない。
 多少のダメージは無視して行動することに決めたようだ。

 レリオットに聖魔術の保護を頼まないのは、彼に負担を与えないためだろう。
 残り少ない道中を突破するには、剣聖の力は不可欠だ。
 自らの命惜しさに魔力を消費させることを、聖騎士たちは嫌っている。
 彼らは、レリオットのために命を落とすことも厭わない覚悟を持っていた。
 立派な忠誠心である。

 一行は監視の目に気付いているようだが、何もしてこない。
 直接的な害はないと判断したらしい。
 むしろ攻撃することで隙を晒したり、少しでも消耗することを警戒している。
 下手に関わる方が危険だと考えているのかもしれない。
 彼らは道中で数々の罠を味わってきた。
 余計なことはしない方がいいと理解したに違いない。
 賢明な判断だ。

 ちなみに迷宮側の損害はそれなりの規模であった。
 数百のアンデッドが討伐されて、設置しておいた罠等も破壊された。
 もっとも、手間はかかるが致命的な損害は一つもない。
 迷宮は自然修復する。
 放っておけば新たなアンデッドが生まれて徘徊し始める。
 レリオットたちに倒されたアンデッドの残骸も再利用が可能だ。
 罠も再設置すればいい。
 二日ほどで以前よりも強固な設備に改良できるだろう。

 人工迷宮の頃に比べれば、随分と便利な環境になった。
 英雄とこれだけ戦いながらも継続して運営できるのなら上出来である。
 開拓村の発展のため、さらなる改善に望んでいかなければ。

 しばらく待っているうちに、一行は階段を経て最下層へ至った。
 広々とした空間は、一面が血みどろになっている。
 溢れんばかりの怨霊が飛び交っていた。
 液状化した瘴気が天井から滴る。

 最下層は、迷宮内で最も汚染された空間だ。
 人間への悪影響は尋常なものではない。

 聖騎士の一人は、剣を杖にして辛うじて立っている。
 放っておけば自然とアンデッド化しそうな気配があった。
 他の者も多少なりとも体調不良に陥っている。
 入念な対策を施した剣聖や聖騎士でさえ、長居できない場所だった。
 生者の存在を許さない階層である。

 空間の中央には、三つの人影が佇んでいた。
 死骸騎士である。
 迷宮最強のアンデッドたちは、鎧の隙間から黒炎を噴出していた。
 瘴気と怨念の混ざった炎だ。
 いつの間にか炎の怨霊を吸収したらしい。

 悪くない。
 炎の怨霊は死骸騎士の援護役で配置していたが、死骸騎士が自ずと成長してくれたのなら問題ない。
 総合的な戦力は増している。

 レリオットはすぐさま聖魔術を行使した。
 空間が浄化されていく。
 誤差の範囲だが多少は改善されただろう。

 対する三体の死骸騎士は、侵入者を察知して活動を開始する。
 漏れ出る瘴気の炎を揺らしながら、ゆっくりと歩き出した。
 浄化された空間がたちまち汚染されていく。
 死骸騎士の耐久力の前では、空間浄化など効かない。
 それどころか聖魔術を塗り潰すように瘴気を広げている。
 レリオットが僅かに顔を歪めるのが見えた。

「あれが、迷宮の主か……」

「なんて瘴気だ……息が苦しい」

 聖騎士たちは絶望に染まった表情で呻く。
 ただ迫ってくるだけの死骸騎士に気圧されていた。
 生物としての本能が格差を実感しているのだ。

 いくらアンデッドへの憎悪があろうと、そう簡単に誤魔化せるものではない。
 恐怖とは生者にとって必須の感情である。
 それも持たないのは、外的要因で心の壊れた者か、狂気に愛された殺人鬼くらいだ。
 或いは私のように死という概念から抜け出した存在だろうか。
 どちらにしろ、聖騎士たちには抗えないものであった。

「皆! 気をしっかり保つんだ! 恐れてはいけない……っ!」

 レリオットが聖騎士を鼓舞した。
 そして、果敢にも死骸騎士のもとへ疾走する。
 聖剣が光り輝き、床を埋める血肉を蒸発させていった。
 彼の周りの瘴気が押しやられている。
 尻込みする聖騎士を目にして、レリオットは率先して戦うことを選んだようだ。

 レリオットが聖剣を振るい、光の斬撃を飛ばす。
 斬撃は死骸騎士の一体に衝突した。
 甲高い音と共に爆発が起きる。
 白煙が晴れた時、死骸騎士は無傷だった。
 僅かによろめいただけである。

「…………ッ」

 レリオットは舌打ちするも、構わず突進を続ける。
 彼は勢いのままに斬りかかると、単独で死骸騎士たちを相手取った。
 幾多もの魔術強化を受けたスピードで翻弄しつつ、連続で斬撃を叩き込む。
 鎧状の甲殻に阻まれて思うように攻撃できていないが、それを圧倒的な手数で補っていた。

 そんな中、残る一体がレリオットの脇を抜けて聖騎士のもとへ向かう。
 さすがの剣聖でも、すべての死骸騎士を押し留めるだけの技量はなかったようだ。

 四人の聖騎士たちは、なんとか陣形を組んで死骸騎士を待ち構える。
 奮闘するレリオットの姿で戦意を取り戻したらしい。
 数的な優位を活かせるかが生死を分けるだろう。

 天井に根を張った目を経由して、私は此度の決戦を傍観する。
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