第30話 死霊術師は吸血鬼を歓迎する

文字数 2,409文字

「不気味なほどに見通しがいいな。我が身で実感すると、如何に反則じみているかを理解できる」

 ルシアは何とも言えない調子で呟く。
 そんな彼女の目は、闇夜で赤く輝いていた。
 魔性の色を灯した瞳は、視線を合わせた者の心を奪う。
 吸血鬼は魅了を得意とするアンデッドとしても広く知られていた。

「アンデッドは夜目が利く。侵入してくる冒険者と比べても大きな利点だ。戦闘時は覚えておくといい」

「ああ、もちろん。松明や魔力光に頼らずに済むのは便利だ。逆に相手の光源を潰して優位に持ち込める……そういえば、あんたにやられた戦法だったな」

 ルシアは苦笑する。
 恨み事という感じではなく、彼女なりの冗談らしかった。
 一応、私たちは殺し合った仲だが、ルシアは特に気にしていない様子だ。
 死を経たことで区切りを付けたのだろう。

 無論、私も同様に気にしていない。
 有能な人材は大歓迎だ。
 過去に何があろうと関係ない。
 そこは私情を挟むべき部分ではなく、そもそも挟む私情すら湧いていなかった。

 開拓村に必要な存在かどうか。
 それだけが唯一の判断基準なのだから。

 ほどなくして目的地に到着した。
 最下層の一番大きな部屋だ。
 テテの待つ居住区の二倍は広い。

 中央には、赤い鎧を纏った人型が鎮座していた。
 手には骨のロングソードを持つ。
 振れば風の斬撃を飛ばす簡易的な魔術武器だ。

 その人型は死骸騎士――朱殻蟻の甲殻に包まれた迷宮最強のアンデッドである。

 様々なアンデッドが増えた今でも、その地位は揺るがない。
 魔族が相手だろうが虐殺できるだけの性能にしている。
 これでもまだ改良の余地は無数にあった。
 まさに守護者の名に相応しい存在だ。

 周囲には炎の怨霊も浮遊していた。
 時折、悲痛な声を発している。

「な、なんだこれは……アンデッド、なのか?」

 ルシアは唖然として死骸騎士を凝視する。
 彼女は露骨に近付きたがらない。
 冒険者として培った本能が警戒心を高めているのだろう。
 事実、今のルシアが挑んだところで無抵抗に殺される未来が待っている。

 死骸騎士は微動だにしない。
 侵入者が現れるか、命令を受けない限りは動かない設定にしてあるのだ。

 私は警戒するルシアに解説を入れる。

「死骸騎士という名称のアンデッドだ。迷宮内で最も強い個体で、侵入者を阻む守護者を担っている。業務的な観点で言うと君の先輩にあたる」

「先輩……つまりあたしも最下層の守護者になるということか」

「いや、君に任せたいのは中層だ。迷宮内を徘徊して冒険者を攪乱してもらう」

 吸血鬼になったといっても、ルシアは一介の冒険者に過ぎない。
 その実力は一騎当千の英雄には遠く及ばないものだ。
 現状では、多数の冒険者を相手に正々堂々と戦うのは厳しいだろう。

 吸血鬼は強大な種族だが過信はできない。
 冒険者はそういった超常の魔物の討伐を専門とする存在なのだ。
 それはルシアもよく理解しているだろう。

「当面は他のアンデッドたちと戦闘訓練をしてもらう。複数の相手を単独で倒す練習だ。そのついでに、侵入してきた冒険者に奇襲するんだ」

「それはつまり……血を吸うということか?」

 私は頷いてみせる。

 吸血を繰り返すことで、ルシアは自ずと力が増す。
 いずれは死骸騎士のように、堂々と待ち構える形式での戦いもできるようになるだろう。

「――役目は理解した。テテのもとへは誰も通さない。ここへ来る奴は、あたしが皆殺しにする」

 ルシアはやる気に満ちた表情で宣言する。

 内なる衝動を存分に発揮できる上、テテという守るべき存在ができたことで、使命感に駆られているのだろう。
 悪くない傾向である。
 守護者として上手く成長してくれそうだ。

 その後、ルシアから迷宮の構造に関するアドバイスを受けた。
 厄介な地形や罠、魔物の配置などを教えてもらう。
 盲点だった箇所もいくつかあった。
 やはり経験者の意見は参考になる。
 私自身は死と無縁すぎるせいで、そういった発想に乏しいのだ。

 それからすぐに迷宮全体の微調整を行った。
 原則として上層は弱いアンデッドと簡単な罠を仕掛ける。
 中層からは通路の構造が複雑にして、出没するアンデッドも厄介な個体を混ぜた。
 下層は攻略困難になるような工夫をする。
 猛毒を持つアンデッドを増やし、罠もより悪辣なものを配置した。

 獲得できるアンデッドの素材は、下層へ近付くほど高品質にしておく。
 これで幅広い冒険者がこの迷宮を利用できる。

 そこまでしたところで、、私はもう一つ用事があったことを思い出した。
 懐を探り、取り出したものをルシアに手渡す。

 それは木製の仮面だった。
 目元だけを隠す形状で、装着したまま吸血行為ができるようになっている。
 ナイフで大雑把に削っただけだが、機能としては十分だ。

 この仮面は、人間だった頃との決別と素性の隠蔽が目的であった。
 ルシアには名実ともに生前を捨ててもらわねばならない。
 迷宮に生きる彼女は、生き血を啜る吸血鬼だ。
 そこに下手な情は不要なものである。

 ルシアは仮面を装着する。
 ちょうどいい大きさだった。
 よほど注目して人相を確かめない限り、知り合いでも彼女とは気付けまい。

 ましてや迷宮内は薄暗く、常に緊張状態を強いられる。
 出現した吸血鬼の顔立ちを気にする者などいないだろう。

「これで君も正式に迷宮の魔物になった。仮面は気に入らなければ、自前で作り直してもらっていい。ところで気分はどうだろう」

「――最高だ。嬉しくないはずがないだろう。ずっと煩わしかった重荷を下ろした気分さ」

 仮面をつけたルシアは笑い、尖った牙を覗かせた。
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