第31話 死霊術師は新たな侵入者に備える

文字数 2,253文字

 ルシアに仮面を渡してから五日が経過した。
 その間、特筆すべきことは起きていない。
 人工迷宮の微調整を行い、村の不要分子を数人ほど排除したくらいだ。
 大勢に影響はなかった。

 それでも開拓村がまた少し改善されたことに違いはない。
 実に喜ばしいことである。
 迷宮関連で忙しいものの、直接的な"処理"も疎かにしたくなかった。

「先生、いつもありがとうございます」

「いえ。お大事になさってください」

 本日最後の患者が診療所を去った。
 これで業務は終了だ。
 幸いにも大きな怪我や病気をする者は滅多にいなかった。
 私とて全知全能ではない。
 時と場合によっては救えない命もある。
 誰もが健康に暮らし、私の仕事がなくなるのが一番だった。

 私のそばにはリセナがいた。
 彼女は正式に私の診療所で働くことになったのである。

 リセナは既にそれなりの調合技術を習得していた。
 私の業務を手伝うこともできる。
 相応の給与も支払っている。

 これは将来を見据えた形だった。
 今のうちにリセナに薬師や医者の適性があることを周知させるのが目的だ。
 必然的に村人たちは彼女に感謝するだろう。
 リセナが優れた存在という印象を付けられる。
 もちろんリセナの自信にも繋がる。

 現在、開拓村には様々なものが不足している。
 医療技術を持った人間もその一つだ。
 リセナにはその不足分を埋めてもらいたかった。

「それではお疲れ様です! また明日もよろしくお願いしますね!」

 リセナは上機嫌に診療所を出ていく。
 最近はずっとあのような調子だった。
 診療所で働けることがよほど嬉しいようだ。
 常に生き生きとしている。
 快活な彼女の姿は、村人たちにも人気であった。
 早くも周囲から受け入れられており、リセナの父にもひどく感謝されていた。

 良い流れだ。
 いずれ私が関わらずとも、リセナが医者で生計を立てられるのが理想であった。
 もちろん彼女自身の意思は尊重する。
 リセナがそれを望むのなら、私は叶えるつもりだった。
 彼女の幸せが、ひいては開拓村全体の幸福を構成する。

 私は一人で夕食作りをする。
 今日の献立は野菜スープだ。
 リセナから新たに習った料理である。

 まだ他者に提供できるほどではない。
 毎日練習して作れるようになるつもりだった。
 覚えておいて損はあるまい。

 スープの味見をしていると、外に大勢の人間の気配がした。
 何やら騒然としている。
 私は冗談のように塩辛いスープを嚥下して、窓越しに外の様子を確かめる。

 統一された装備の男たちが、整列して村内を闊歩していた。
 時折、馬に乗った者も混ざっている。
 馬に乗った者は上等な鎧を身に纏っていた。
 総勢三十と少しという規模である。

 冒険者ではない。
 おそらくは兵士だ。
 馬に乗っているのは騎士だろう。

 先頭付近の兵士が旗を掲げている。
 その紋章には見覚えがあった。
 確かこの地を治める領主のものである。

 すなわち彼らは、領主の派遣した調査隊だった。
 何をしに来たのかは明白だ。
 迷宮の実状を確かめに来たに違いない。

 迷宮の発生など滅多にない事態だ。
 その報が領主の耳に入るのは想像に難くない。
 想定内の展開であった。

 身軽な上に個人単位で動ける冒険者の方が先にやってくるかと思ったが、少し予想が外れた。
 だからといって、今後の計画に何ら支障はない。
 迷宮に侵入するであろう彼らを出迎えるだけだ。

 私は家中の施錠を念入りに確認する。
 今日は医者として活動できそうにない。
 意識を移して迷宮へ行かねばならなかった。

 調査隊は私が対応する必要がある。
 放置しても最下層までは攻略されないだろうが、わざわざリスクを冒すこともない。

 調査隊にはほどほどの被害と報酬を与えて追い出す。
 価値の高い迷宮だと領主に認知されれば、最寄りである開拓村に多大な援助を期待できる。

 迷宮は資源の宝庫だ。
 領主の立場からすると、周辺環境を安定させて恒常的な収益を望む。
 そのためには開拓村の規模を拡大して発展させるのが一番なのだ。
 すなわち私の目的と一致する。

 此度の調査隊の来訪は大切な機会である。
 少し奮発して良質で稀少な素材のアンデッドを用意しておこう。
 少し細工をすればすぐに出来上がる。
 野菜スープを作るよりも遥かに簡単だった。

 私は椅子に座って死霊魔術を行使する。
 視界が自宅から迷宮内へと瞬時に切り替わった。

 調査隊は小休憩を挟んでから、すぐに迷宮へやってくるだろう。
 アンデッド討伐は日中に行うのがセオリーだが、日光の及ばない迷宮においてはあまり関係がない。
 彼らは領主から報告を急かされているはずだ。
 悠長な真似はできまい。

 それに完全攻略ならまだしも、調査だけなら難易度は格段に下がる。
 ようするに投資するだけの価値があるかを見極めるだけでいいのだ。
 調査隊にとっては、さほど困難な任務でもなかった。

 私は周囲のアンデッドに命令する。
 通路の拡大と埋め立て作業を中断させて、それぞれを対侵入者の配置につかせた。

 向こうは冒険者経由でこの迷宮の概要を知っている。
 入念なアンデッド対策を行っているはずだ。
 決して油断せず、万全を期して迎え入れなければ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み