第10話 死霊術師は協力者を得る

文字数 2,239文字

 淡々と語られた自己紹介。
 その内容に私は少なからず驚くも、寸前で表情には出さなかった。
 私は努めて冷静に話を続ける。

「自殺志願者か。何があったのかな。よかったら聞かせてほしい」

「気になるの? 楽しい話でもないけれど」

「ああ。知っておきたいことなんだ」

 怪訝そうなテテに、私は真摯な調子で頷く。
 紛うことなき本音であった。
 私にとっては非常に大事なことだ。

 それを察したらしきテテは、渋々ながらも話し始める。

「うちは家族の暴力と差別が酷くてね……苦痛しかない生活だったの。たぶん、私が養子だからなんだと思う。他の兄弟が生まれてから扱いが悪くなったし……それに嫌気が差して、死ぬために彷徨っていたら、こんなところまで来たってわけ」

 確かによく見ると、テテの身体には無数の痣や傷があった。
 日常的に暴力を受けていたようだ。
 それはテテの淀んだ目からも窺える。

「それは災難だったね」

「慰めはいらないわ。心が籠ってないのも丸分かりね」

 テテから冷ややかに指摘される。
 的中しているので否定もできない。

 私は記憶を遡る。
 村人だというテテには見覚えが無かった。
 開拓村は人の出入りが多い。
 規模自体もそれなりなので、私もすべての村人を把握し切れていなかった。
 少なくとも、私の住まいとは離れた場所に暮らしていたのだろう。

 テテが嘘をついている様子はない。
 本当に偶然にもここを見つけたらしい。
 よくも道中で動物や魔物に襲われなかったものだ。
 幸か不幸かは判断し難いところだが。

 私はテテを眺めながら、彼女の処遇について考える。

 ここは問答無用で始末するのが妥当だろう。
 迷宮の製造現場を見られたのだ。
 絶対に逃してはならない。

 テテは既に開拓村の構成要素から外れていると解釈できる。
 私が護るべき対象ではない。
 そして話を聞くに、村における彼女の影響力も低い。
 仮にテテがいなくなったところで、開拓村に支障は出ないだろう。

 故に私が気にかける義理も道理もなかった。
 彼女自身、自殺志願者なのだから、互いの利害も一致している。
 苦しめずに命を奪うことも容易だ。

 ただ、テテは有効活用できる気もした。
 生に執着しない人間の利用価値は高い。
 アンデッドの軍団を目撃して、殺されそうになっても笑うだけの胆力もある。

 既に狂い始めているのかもしれない。
 どちらにしろ、このまま殺してしまうのも惜しいと感じた。
 生きている協力者がいるのは大きいのだ。

 そう思い、私はさっそく勧誘を試みる。

「君の事情は分かった。その上でよかったら、ここで生活してみないか。迷宮内では誰も君を差別しない。アンデッドを統括する役として歓迎するよ」

「怪しいわね……もし断ったら?」

「申し訳ないが口封じに殺す。苦しまないように工夫はさせてもらう」

 私は正直に答える。
 彼女と真摯に向き合い、選択を委ねようと思ったのだ。
 生半可な気持ちで請け負われても困る。

「…………」

 テテは考えるそぶりを見せる。
 無数のアンデッドの視線に晒されながらも、彼女の平常心は崩れない。
 しっかりと吟味しているようだった。

 やがてテテは涼しい笑みを以て答える。

「いいわ。あなたの仲間に、なりたい。早く死んで楽になりたいと思ったけど、こんなに面白そうなことを無視できないわ」

「……なるほど」

 私はテテの言葉に虚を突かれた。

 面白そう、か。
 予想だにしなかった動機である。
 死を覚悟した者にとっては、アンデッドが陰で何かを目論んでいる光景も、そういった風に見えているらしい。
 私にはついぞ縁のない視点だった。

 そしてテテの瞳には、加虐的な悪意が覗いていた。
 彼女は得体も知れないアンデッド集団に染まることを望んでいる。
 劣悪な家庭環境が、彼女の心を歪めたのかもしれない。

 何にしろ、協力者としてはまたとない素質を持っていた。
 こちらに引き込めたのは僥倖だろう。

 テテの可能性について考えていると、彼女が私の後ろを覗き見ながら質問をしてくる。

「正体を教えてくれないのは仕方ないとして、ここで何をしているの? かなり怪しい感じだけれど……」

 これから共犯者になるのだ。
 目的くらいは話しておいた方がいいか。

 私は背後を指し示して説明する。

「人工迷宮を造っているんだ。冒険者をおびき寄せて殺すためにね」

「迷宮を……そんなこと、できるの?」

「冗談は言わない。現にこうして準備をして実行しようとしている」

「へぇ、すごい……」

 テテは驚きと感心を混ぜたような反応をする。
 理解不能といった感情も見えた。
 ひとまずは信じている様子だ。

 今はこれくらいの認識で十分だろう。
 専門的なことを話しても分からないだろうし、テテも興味なさそうだった。
 別の機会に彼女に訊かれれば、詳細な部分まで説明すればいい。

 今度は私の方からテテに質問する。

「ところで、君を虐げた家族の所在と名前と容姿を教えてもらえるかな」

「どうして? 何か関係あるの?」

 テテは首を傾げる。
 ここで自分の家族が話題に挙がることに疑問を覚えたようだ。

 私は深く頷いて彼女に告げる。

「大いに関係ある。あの開拓村に、悪は必要ないからね」
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