第32話 死霊術師は侵入者を待ち構える
文字数 2,239文字
私は死霊魔術を用いて、最下層に常駐するアンデッドへと意識を移す。
居住区ではテテがベッドで眠っていた。
そばではルシアが鎌の手入れを行っている。
室内は静寂に包まれていた。
私が声を掛ける前に、ルシアが顔を上げる。
「冒険者か」
「いや、領主の派遣した兵士と騎士だ。今日中に侵入するだろう。それまでにテテを起こしてほしい」
私の指示にルシアは怪訝な顔をする。
「……まさか、この子を戦わせるのか。ただの人間なのだろう?」
語気には私への非難が含まれていた。
テテの関与を言外に反対しているようだ。
私は首を横に振る。
「テテは居住区から出さない。迷宮の監督者として、少しだけ観察してもらうだけだ」
私はルシアに手をかざして術式を起動した。
彼女の肩が跳ねる。
「な、なんだこれは……」
「上層にいるアンデッドと視界を繋げた。これを使えば、テテでも安全に観戦ができる。迷宮で暮らす以上、人間の死は見せておきたい」
テテを甘やかすつもりは一切なかった。
彼女は既に開拓村の人間ではない。
役に立つと思って迷宮に招いたのだ。
故に働いてもらう必要がある。
テテは迷宮の監督者だ。
そろそろ役割に見合った知識と経験を身に付けさせてもいい頃だと思う。
いつまでも何もせずに生活させるほど私は寛大ではなかった。
「危険はないのか。そういうことならいいが……」
ルシアは何か言いたげながらも了承する。
できればテテには凄惨な場面を見せたくないのだろう。
彼女にはそういう優しさがある。
殺人衝動を除けば、十分に常識人だ。
特に気遣いという面においては私よりもよほど上手い。
むしろ私が見習わなければいけない部分が多かった。
「私はどうする。冒険者を襲うか?」
ルシアの質問に首肯する。
「君には中層で待機してもらう。調査隊がやって来たら襲撃してほしい。一撃離脱で構わない。他のアンデッドに紛れて仕掛けるように。無理は禁物だ」
ここ数日の戦闘訓練によって、ルシアは吸血鬼の肉体にも慣れた様子だった。
いくつかの特殊能力も扱えるようになった。
しかし、まだ全幅の信頼を置けるほどの強さではない。
さすがに殺されはしないだろうが、わざわざ危ない橋を渡ることもない。
ルシアは貴重な協力者だ。
ここで失うのは困る。
まだまだ迷宮に貢献してもらうつもりなのだから。
私は迷宮内の各地に意識を移して、順番に迷宮の最終点検をしていく。
さらに上層の一部のアンデッドに細工を施した。
高濃度の瘴気を蓄えた魔石を仕込んでおく。
瘴気で変質した魔石はとても稀少な素材だ。
これ一つで金貨の詰まった革袋と交換できる。
数は多くないが、迷宮の価値を知らしめるには十分だろう。
調査隊は三十数人。
壊滅はさせないが、それなりの死者は出すつもりだった。
あまりに危険が少ないと、却って怪しまれる恐れがある。
報酬に見合ったリスクが存在すると周知させた方がいい。
そして、人間が迷宮内で死ぬと瘴気が濃くなる。
死体はアンデッドに加工して再利用できる。
調査隊の死は、私にとっての利益だ。
こちらも資源を渡すのだから、彼らにも相応の還元をしてもらわねば。
しかし、どの程度の被害にするかは迷うところだ。
攻略難度を上げすぎた場合、冒険者が寄り付かなくなる可能性も考えられる。
この辺りの加減が難しい。
状況次第で判断していくしかないか。
これ以上の調査は危険と悟り、自主的に帰還してもらえるように調整しよう。
彼らが無理に進行してきた際は、容赦のない対応を行えばいい。
毒液を詰めた肥大アンデッドを何体か投入すれば、嫌でも引き返してくれるだろう。
最終点検を済ませた私は、意識を移して最下層へ戻る。
テテは既に起きていた。
少し緊張している。
ルシアが此度の件を伝えたのだろう。
私はテテに確認を取る。
「これから起きる戦いを見てもらう。特に危険はないが、痛ましい場面を何度も目にすることになる。問題ないかな」
「もちろん! 私はいらない子じゃない。それくらい簡単よ」
意外な反応だった。
少しくらい躊躇うかと思ったが。
テテの反応は虚勢ではない。
澄んだ双眸には強い意志が宿っていた。
彼女の固い決意が窺える。
「いい返事だ。期待しているよ」
「任せて! すぐに一人前になってやるんだから」
テテは得意そうに言ってのける。
これなら大丈夫そうだ。
十分に任せられる。
やはりテテは良い人材だ
あの時、放置せずに勧誘したのは正解だった。
私は力よりも精神性を重視する。
死霊魔術を用いれば、力など後付けでどうとでもなるのだ。
テテとルシアを英雄に匹敵するアンデッドに変異させることも容易い。
だが、精神性ばかりはそうもいかない。
替えの利かない要素である。
私の死霊魔術では対応できない。
望ましい精神の協力者は、できるだけ大切にしたかった。
私はルシアを中層へと連れて行き、待ち伏せに適した地点に配置する。
その後はテテと共に最下層の居住区で時間を過ごす。
ここで調査隊の来訪まで待機するつもりだった。
彼らが迷宮へ赴いた時点で察知できる。
燻る期待を抑えて、私はそっと目を瞑る。
居住区ではテテがベッドで眠っていた。
そばではルシアが鎌の手入れを行っている。
室内は静寂に包まれていた。
私が声を掛ける前に、ルシアが顔を上げる。
「冒険者か」
「いや、領主の派遣した兵士と騎士だ。今日中に侵入するだろう。それまでにテテを起こしてほしい」
私の指示にルシアは怪訝な顔をする。
「……まさか、この子を戦わせるのか。ただの人間なのだろう?」
語気には私への非難が含まれていた。
テテの関与を言外に反対しているようだ。
私は首を横に振る。
「テテは居住区から出さない。迷宮の監督者として、少しだけ観察してもらうだけだ」
私はルシアに手をかざして術式を起動した。
彼女の肩が跳ねる。
「な、なんだこれは……」
「上層にいるアンデッドと視界を繋げた。これを使えば、テテでも安全に観戦ができる。迷宮で暮らす以上、人間の死は見せておきたい」
テテを甘やかすつもりは一切なかった。
彼女は既に開拓村の人間ではない。
役に立つと思って迷宮に招いたのだ。
故に働いてもらう必要がある。
テテは迷宮の監督者だ。
そろそろ役割に見合った知識と経験を身に付けさせてもいい頃だと思う。
いつまでも何もせずに生活させるほど私は寛大ではなかった。
「危険はないのか。そういうことならいいが……」
ルシアは何か言いたげながらも了承する。
できればテテには凄惨な場面を見せたくないのだろう。
彼女にはそういう優しさがある。
殺人衝動を除けば、十分に常識人だ。
特に気遣いという面においては私よりもよほど上手い。
むしろ私が見習わなければいけない部分が多かった。
「私はどうする。冒険者を襲うか?」
ルシアの質問に首肯する。
「君には中層で待機してもらう。調査隊がやって来たら襲撃してほしい。一撃離脱で構わない。他のアンデッドに紛れて仕掛けるように。無理は禁物だ」
ここ数日の戦闘訓練によって、ルシアは吸血鬼の肉体にも慣れた様子だった。
いくつかの特殊能力も扱えるようになった。
しかし、まだ全幅の信頼を置けるほどの強さではない。
さすがに殺されはしないだろうが、わざわざ危ない橋を渡ることもない。
ルシアは貴重な協力者だ。
ここで失うのは困る。
まだまだ迷宮に貢献してもらうつもりなのだから。
私は迷宮内の各地に意識を移して、順番に迷宮の最終点検をしていく。
さらに上層の一部のアンデッドに細工を施した。
高濃度の瘴気を蓄えた魔石を仕込んでおく。
瘴気で変質した魔石はとても稀少な素材だ。
これ一つで金貨の詰まった革袋と交換できる。
数は多くないが、迷宮の価値を知らしめるには十分だろう。
調査隊は三十数人。
壊滅はさせないが、それなりの死者は出すつもりだった。
あまりに危険が少ないと、却って怪しまれる恐れがある。
報酬に見合ったリスクが存在すると周知させた方がいい。
そして、人間が迷宮内で死ぬと瘴気が濃くなる。
死体はアンデッドに加工して再利用できる。
調査隊の死は、私にとっての利益だ。
こちらも資源を渡すのだから、彼らにも相応の還元をしてもらわねば。
しかし、どの程度の被害にするかは迷うところだ。
攻略難度を上げすぎた場合、冒険者が寄り付かなくなる可能性も考えられる。
この辺りの加減が難しい。
状況次第で判断していくしかないか。
これ以上の調査は危険と悟り、自主的に帰還してもらえるように調整しよう。
彼らが無理に進行してきた際は、容赦のない対応を行えばいい。
毒液を詰めた肥大アンデッドを何体か投入すれば、嫌でも引き返してくれるだろう。
最終点検を済ませた私は、意識を移して最下層へ戻る。
テテは既に起きていた。
少し緊張している。
ルシアが此度の件を伝えたのだろう。
私はテテに確認を取る。
「これから起きる戦いを見てもらう。特に危険はないが、痛ましい場面を何度も目にすることになる。問題ないかな」
「もちろん! 私はいらない子じゃない。それくらい簡単よ」
意外な反応だった。
少しくらい躊躇うかと思ったが。
テテの反応は虚勢ではない。
澄んだ双眸には強い意志が宿っていた。
彼女の固い決意が窺える。
「いい返事だ。期待しているよ」
「任せて! すぐに一人前になってやるんだから」
テテは得意そうに言ってのける。
これなら大丈夫そうだ。
十分に任せられる。
やはりテテは良い人材だ
あの時、放置せずに勧誘したのは正解だった。
私は力よりも精神性を重視する。
死霊魔術を用いれば、力など後付けでどうとでもなるのだ。
テテとルシアを英雄に匹敵するアンデッドに変異させることも容易い。
だが、精神性ばかりはそうもいかない。
替えの利かない要素である。
私の死霊魔術では対応できない。
望ましい精神の協力者は、できるだけ大切にしたかった。
私はルシアを中層へと連れて行き、待ち伏せに適した地点に配置する。
その後はテテと共に最下層の居住区で時間を過ごす。
ここで調査隊の来訪まで待機するつもりだった。
彼らが迷宮へ赴いた時点で察知できる。
燻る期待を抑えて、私はそっと目を瞑る。