第29話 死霊術師は未来の管理者を想う

文字数 2,183文字

 その日の深夜。
 常習的に盗みを働いている疑いのあった男を、私は人知れず"処理"した。
 男は商人の馬車で商品を漁っていたのだ。
 そこを背後から襲撃した。

 商人は今後の村に必須の存在だ。
 ここで活動を挫かれては困る。

 私が開拓村をより良くしようとする一方で、こういった人間がいる。
 とても残念なことであった。
 人間の本質として悪は切り離せないが、それを律する理性を育んでほしい。
 誰もが善良に生きることができ、損をしない村となるのが私の願いだった。

 死体の後始末を済ませた私は、人工迷宮へ赴く。
 罠のある通路は避けて、最短距離で最下層を目指す。
 日ごとに複雑な構造となりつつある迷宮だが、私は完璧に把握していた。
 さらに拡大したところで同じだ。

 アンデッドたちは今日も熱心に働いている。
 彼らに人格は無い。
 死を迎えた時点で失われているからだ。
 彼らに残されているのは、私の命令に従うための疑似的な頭脳だけである。
 そこに自由意志の介在は一切ない。
 純粋な操り人形に徹するためだけに機能している。
 死霊術師が忌み嫌われる要因の一つであった。

 しばらく歩くと最下層に到着した。
 テテとルシアは、果物を絞ってジュースを作っていた。
 果物はアンデッドが外から採ってきたものだろう。
 森に群生する甘酸っぱい品種である。

 彼女たちは木のグラスに注いでジュースを飲んでいた。
 見える範囲でも、皿やフォーク、ナイフなど細かな道具が増えている。
 私が用意したものではない。

 それらは木材を風魔術で加工して作られているようだ。
 おそらくはルシアが拵えたのだろう。
 彼女は杖を媒体に魔術が使える。
 それもなかなかの技術だ。
 木材から道具を削り出すとなると、繊細なコントロールが要求される。

 さらにはソファやベッドなど、家具までもが増えていた。
 きっちりと二人分が揃っている。
 どれも土で形成された簡素なものだが、造形がしっかりとしていた。
 見事な彫刻を施されている部分もあった。
 土魔術の応用に違いない。
 ルシアの多芸ぶりに感心する。

「あっ、見て! ルシアが色々用意してくれたの! 魔術ってすごいのね」

 私に気付いたテテが、自慢げに室内を指し示す。

 こうして見回すと、殺風景だった昨晩に比べて随分と生活感があった。
 今までがどれだけ配慮不足だったのかよく分かる。
 テテが文句を言わなかったのが不思議なほどだ。

 私はグラスを持つルシアに声をかける。

「助かるよ。私にはできないことだ」

「いや、自分のためにやったことだ。それにあたしの魔術なんてたかが知れている……あんたの方がよほど万能だ」

 ルシアはどこか皮肉っぽく言う。
 魔術の才に関して、何らかのコンプレックスがあるのかもしれない。
 今の彼女は吸血鬼なので、膨大な魔力と様々な魔術適性を獲得しているのだが、わざわざ指摘することでもないだろう。
 いずれ自分で気付くに違いない。

 そして彼女の言葉には誤りがあった。
 私の魔術は決して万能ではない。
 むしろ対極に位置するものだ。

 私が扱えるのは死霊魔術のみで、それ以外は欠片の適性もない。
 回復魔術も、あくまでも死霊魔術の応用だった。
 本来の回復魔術とは体系がまるで異なる。

 私はルシアのように木材からグラスを作れない。
 複数の魔術適性を持つルシアの方が、遥かにできることの幅が広いのだ。

 まあ、そんなことはどうでもいい。
 ここへは魔術の議論をしに来たのではない。

 私はルシアを手招きする。

「君の役目を説明する。付いてきてくれ」

「ああ、分かった」

 私とルシアは、テテを置いて移動した。
 居住用の空間の外は瘴気に満ちている。
 テテには有害な環境だ。
 短時間なら平気だろうが、あえて身を晒す意味もない。

 テテが拒まないのなら、いずれアンデッド化させてもいいかもしれない。
 人間に固執することもないのだ。
 ルシアのような吸血鬼なら外見に大きな変化もない。
 迷宮内での暮らしなら、日光による弱体化を気にしなくていい。
 欠点は無いに等しかった。

 もっとも、放っておいても別の種族に変異する可能性はある。
 この人工迷宮は既に異常空間だ。
 テテはそのような地で何日も暮らしている。
 彼女はまだ幼く、魔術的な素養もない一般人である。
 今の時点でも少なからず影響を受けていた。
 人体が変容しても何らおかしくない。

 個人的には、迷宮化に際して変異するのではないかと睨んでいる。
 何しろ特殊な状況だ。
 前例を知らないので推測を重ねて考えるしかない。
 本格的に変容する前に、テテには説明しておくべきだろう。

 アンデッド化した暁には、テテに迷宮の管理者を任せてもいいかもしれない。
 年齢とは裏腹に聡明な少女だ。
 数年もすれば、立派な人物になっているだろう。
 私が恒常的に関わるべき仕事は、なるべく減らしておきたかった。
 テテも迷宮での生活に馴染んできた。
 そろそろ仕事を課してもいい時期かと思われる。

 そう遠くないであろう未来を見据えながら、私は暗い通路を進んでいく。
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