第14話 死霊術師は次なる仕掛けを準備する

文字数 2,142文字

 翌日、私は村の近隣を巡回して健診した。
 ほとんど無償に近い価格でポーションの提供も行う。
 これも医者として大切な業務の一つだった。
 材料はほとんど森で賄っており、別に稼ぐつもりもないので問題ない。

 私自身、物質的な欲求が皆無なのもある。
 それに村人たちからはたくさんの貰い物を受けていた。
 ただ生活する分には困窮することもなかった。
 ありがたい限りである。

 自宅に戻った私は、扉を施錠しながら思案する。

 村では新たな噂が発生していた。
 近くの森が危険なのではないかという話だ。
 冒険者が死体となって見つかったことが大きいだろう。
 私が起こしてきた一連の"処理"と関連付けている者もいた。

 ただし、まだダンジョンの存在は知られていない。
 それも当然だ。
 あの場所は村人たちが立ち寄らない場所を選んでいる。
 万が一にも被害が出ないようにするためだ。
 現在の位置関係なら、ちょうど迷宮の恩恵だけを得られるようになっていた。

 人工迷宮はいずれ冒険者辺りに見つかって存在が露呈する。
 それまでに設備を整えなければいけない。
 今のままでは容易に攻略されてしまう。

 冒険者をおびき寄せるための餌もほしい。
 旨みとなる報酬だ。
 侵入した冒険者を殺すだけではあまり意味がない。
 あの迷宮は儲かるという情報が広まる必要があった。
 そうすることで初めて開拓村の発展に繋がる。

 今後の予定について考えを巡らせているうちに午後になる。
 私は村の自警団の訓練場へ向かった。
 少し前に見学に来ないかと誘われており、その日が今日だったのだ。

 訓練場と言っても大層なものではない。
 周りを木の柵で囲み、砂を敷いて整備しただけの区画だ。

 私が赴くと既に数人の男が戦っていた。
 どちらも自警団の人間だろう。
 木剣を使って戦闘訓練を行っている。

 他の者たちは、柵の外から両者のやり取りを観戦していた。
 野次を飛ばして盛り上がっている。
 そのうちの一人が私に気付いて声を掛けてきた。

「よう、先生」

「こんにちは。張り切っていますね」

「最近は物騒だからな。どいつも精を出しているんだ。これも村を守るためだ」

 自警団の男は誇らしそうに言う。

 素晴らしい考えだ。
 私の目的とも一致している。
 方法に違いはあれど、この村に対する想いは共通しているのだ。

 私は訓練をする男たちに視線を移す。
 本職の騎士や冒険者までとは行かないまでも、鍛え抜かれた技量だ。
 それなりに戦い慣れている。
 自警団は集団戦闘を得意とするので、確かに結集すれば魔物や動物を狩ることもできるだろう。

 開拓村にとっては無くてはならない存在だ。
 彼らがいるからこそ、村の安寧は保たれる。
 誰もが一定の安心感を覚えることができるのだ。

 しかし、そんな彼らも強大な魔物が相手だと分が悪い。
 ここは比較的平穏な地域だが、何も危険と無縁なわけでもない。
 あの朱殻蟻のように、森の奥には高い戦闘能力を持つ生物が跋扈していた。

 もし魔物の群れが村を襲うようなことになれば、瞬く間に蹂躙されて滅びる。
 たとえ自警団や狩人たちが抵抗しようと関係ない。
 圧倒的な力の前ではあまりにも弱かった。

 その時こそ私の出番だ。
 開拓村にとって害となる存在は、如何なる手段を用いてでも確実に殲滅する。
 それこそ竜や魔王だろうとも、私は排除してみせよう。
 私は陰の暴力装置として役目を全うする。

「先生もよかったら訓練に参加してみるかい。いざという時に戦えたら便利だろう」

 自警団の男の言葉を受けて意識を戻す。
 今から集団での訓練に移るらしく、周りの男たちは剣を手に整列し始めていた。

「……いえ。遠慮しておきます。この通り、私は貧弱なものでして」

 私は困ったような微笑で答える。
 自警団の男も無理強いはせず、どこか納得した様子で他の者の中に混ざっていった。

 事実、この肉体は脆い。
 身体能力も人並みであった。
 死霊術による強化を施せばその限りではないものの、ここでわざわざ披露するものでもあるまい。

 戦いを不得手とする非戦闘員の医者。
 この便利なイメージを崩すつもりはなかった。

 その後、ほどなくして私は帰宅する。
 完璧に施錠した室内で微動だにせずに夜を待った。
 そして日没と同時に死霊魔術を発動する。

 私は森の中の死体として覚醒した。
 立ち上がった私は、懐の包丁を手に取る。

 今から狩りを行う。
 戦力となる死体を集めるためだ。

 私の見立てが正しければ、もうすぐ冒険者がやってくる。
 いくら迷宮の内部構造を整えても、そこに配置する戦力がなければ意味がない。
 人間の死体でもある程度の戦力にはなるものの、せっかくなので強力な魔物が欲しかった。
 数は少なくていい。
 冒険者たちが死にかけながらも、なんとか成果と共に生還できる難易度が理想である。
 なかなか面倒だが、こればかりは試行錯誤して調整するしかないだろう。

 闇に溶け込む私は、夜の森を徘徊し始めた。
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