第26話 死霊術師は新たな協力者を紹介する

文字数 2,313文字

 私とルシアは人工迷宮へ赴いた。
 朱殻蟻の巣を改造して築き上げたそこは、近寄るだけで一定濃度の瘴気を感じさせる。
 なかなか良い具合に熟成してきた。
 もう少し迷宮内で死者が続出すれば、私が手を加えずともアンデッド化が起きるだろう。
 迷宮化現象も夢ではない。

「…………」

 ルシアは少し微妙な表情をしていた。

 少し前に仲間と共に激戦を繰り広げた場所だ。
 無防備な状態で足を踏み入れることに躊躇しているらしい。

 それに彼女にとっては、死の要因ともいえる場所である。
 おまけにここでは仲間も失っていた。
 嫌な記憶ばかりが残っている。

 だからと言って、いつまでも待っていられるほど私は気が長くない。
 時間は有限だ。
 私は悠久の時を生きられるが、今は開拓村に尽力している状態である。
 ここで時間を無駄にしたくなかった。

 私はルシアを促して迷宮内を進む。
 迷宮内には多数のアンデッドが徘徊していた。

「……っ」

 ルシアは反射的に武器を構える。
 冒険者の癖だろう。
 近くに魔物がいるのだから仕方ない。

 しかし、アンデッドたちはルシアを無視して作業を続ける。
 瓦礫の撤去や、迷宮の拡張、通路の整備に、奇襲用の横穴の作製など挙げればきりがない。

 作業するアンデッドのそばを歩きながら、私はルシアに説明する。

「ここのアンデッドの行動はすべて私が掌握している。襲いかかってくるということは絶対にない。私が命令しない限りはね」

「すごいな……信じられない。なんとなく分かっていたが、あんたは死霊術師なのか。それもとんでもなく強力な術者だ。これだけの数のアンデッドを平然と操れるなどありえない。人間の域を超えている。本当に何者なんだ?」

「私のことはどうでもいい。ただの死霊術師だ」

「ただのって……これだけの規模の迷宮を支配するなんて、あんたは一体何が目的なんだ?」

 ルシアは尚も食い下がってくる。
 よほど気になるのか。
 冒険者としての知識があるために、この迷宮の異常性が目につくのだろう。

 ルシアの疑問に対し、私は常に意識していることをそのまま答える。

「私はあの開拓村の発展を後押しして、より良い場所にするために動いている。それ以外は眼中にない。この迷宮を造ったのも、開拓村に商業的な価値を生み出すのが目的だ」

「――あんた、狂っているな。それだけのために、村に潜伏して迷宮を造ったのか。あんたほど強大な死霊術師なら、もっと大きいことができるだろうに」

 ルシアは心底から呆れているようだった。
 私の目的が理解出来ないらしい。

「別に私は偉業を成したいわけではない。そんなものより、あの開拓村の方が万倍も価値がある」

「そんなものなのか……いや、価値観は人ぞれぞれか」

 会話をしているうちに、最下層に到着した。
 そこでは数体のアンデッドが室内を走り回っていた。

 そのうちの一体の背中にテテがしがみ付いている。
 彼女は笑顔でアンデッドを乗り回していた。
 アンデッドたちの動きを見るに、何らかの遊びをしているようだ。

「わーい! すっごく速……い?」

 しばらく上機嫌に楽しんでいたテテだが、私の来訪に気付くと機敏な動きでアンデッドから下りた。
 そして直立不動でこちらを見て固まる。
 なかなかの瞬発力である。

「あ、あの、これは……その……」

「別に構わない。迷宮の運営に差し支えないのなら、多少の娯楽はあって然るべきだ。私の配慮不足だね」

 このような地の底で暮らしているのだ。
 娯楽はなく、話す相手もいない。
 あちこちが戦闘で壊れて危ないため、現在は迷宮内の散策も満足にできない状態である。
 光る苔と最低限の調度品の置かれたこの空間だけが、今のテテの世界だった。

 その中で彼女なりに生活を満喫しようとしているのだ。
 無闇に妨げたり咎めるつもりはない。

 私が怒らないことに安堵したテテは、ルシアに視線をやる。
 誰なのか気になる様子だ。
 侵入者を拒む迷宮において、私がわざわざ他人を連れてきたのだ。
 それが特例的な扱いであることは、彼女も理解しているのだろう。

 私は新たな協力者をテテに紹介する。

「彼女はルシア。元冒険者だ。アンデッドになりたい願望を持っていたので、それを叶えることを条件に迷宮の守護者になってもらった。これから仲良くしてほしい」

「この娘は誰なんだ?」

 ルシアは顎でテテを指し示す。
 そういえば伝えていなかった。

「彼女はテテ。この迷宮の監督者を任せている。限定的だが迷宮内のアンデッドの命令権も有している」

「迷宮の監督者……」

 ルシアはかなり驚いている。
 彼女は私を迷宮の主と認識していた。
 監督者が存在したことが予想外だったのだろう。

 一方、テテは嬉しそうだった。
 先ほどからそわそわと落ち着きがない。
 ルシアに話しかけたいのだろう。
 同性であることに加えて、彼女は雑談相手に飢えている。
 そういう意味でも、ルシアを連れてきて正解だった。
 互いに暇潰しになるだろう。

 会話のタイミングを探るテテを一瞥して、私は踵を返す。
 私がいると話しにくいこともあるに違いない。
 済ますべき用事も既に終わっている。

「私はそろそろ戻る。また夜になったら様子を見に来る。諸々の話はその際にしよう」

 夜明けも近い。
 今日は早朝から診療の約束を入れてあるのだ。
 余裕を持って戻らねばならない。

 二人の協力者を置いて、私は迷宮を後にした。
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